23
一週間後、出立の日。
部屋まで迎えに来たリシュトが見たのは、ルルが誂えた魔導士のローブを身に付けた楼子だった。
リシュトは自分の瞳の色をしたローブ姿の楼子を、似合うよと臆面もなく褒めた。
「拐されるかもしれない。俺のそばを離れないで」
真顔で言う。
楼子は顔を手でパタパタ扇いだ。
変な汗が出るのでやめてほしい。
確かに素敵なローブなのだが。
鏡を見て、ハロウィンには早いよと苦笑しつつ、楼子は今一度設定を確認した。
ルルの弟子のロロ。
リシュトの薬師として、ルルの名代で同行する。
異世界からの転移者であることは伏せる。
「髪を切ったね」
「ちょっと長すぎて」
姿見の前でローブのフードを外した楼子の髪をリシュトが両手で持ち上げた。
首筋がくすぐったくて、楼子は少し首を縮めた。
楼子は、身長が縮んだのに髪の長さがそのままで、腿裏まであった。
あまり器用に結うこともできないので、昨晩ルルに背中の真ん中くらいで切り揃えてもらった。
切り取った部分はルルが預かり、紐でくくった楼子の髪を箱に仕舞っていた。
研究用らしい。
静かな森に早朝の霧が立ち込める。
ランタンを持って庭に出ると、薄暗がりでぼんやりした視界の中、アデルがディジュが用意した馬車に荷物を積みこんでいるのが見えた。
アデルは忙しく働く。
ディジュの指示どおり働かされているようで車輪の点検までしている。
第一隊の副官、とか言っていなかっただろうか、完全に下働きの態だった。
屋敷から出てきた楼子とリシュトが馬車と反対側に目を遣ると、庭先のルルと、隣に立つ女性に気が付いた。
「おはよう、ローコ、リシュト」
ルルは女性を「妖精のネイ」と紹介した。
ショートカットの細身の女性だった。
ディジュと同じ鷲のような髪色と深緑の瞳を持っていた。
ディジュがやってきて、ルルの横に立った。
「これにロロの護衛を任せる。火は使えないが、戦える」
「……護衛、ですか」
必要ですかと楼子が問うと、縮む前から剣もできない魔術も使えない貧弱さで口答えをするなと一蹴された。
「本来ならば私の姿を模せばそれなりの魔力を持たせることもできたのだがな。リシュトが納得しない」
「それは嫌だと言った」
何度目の問答なのか、リシュトははっきりと断った。
「とは言えお前がロロを小脇に抱えて仕事するわけにもいくまいよ。餞別だと思って素直に連れていくがいい」
リシュトの代わりに楼子はディジュに礼を述べた。
「ありがとうございます。ネイさん、仲良くしてください」
「……よろしく」
ネイはあまり表情を動かさずに挨拶をして、楼子に手を差し出した。
楼子は喜んで握手した。
リシュトにも促すと、一度息を付いてから、よろしく頼むと手を握った。
日が昇り始めた。
影が走り去っていく。
森が目を覚ます。
川の流れる音が、鳥のさえずりが聞こえる。
樹々が身を震わせるようにさざめくと、瞬く間に霧が晴れていく。
天上から差し込む陽の光の筋が行く先を示す。
「ローコ……気が付いたかもしれませんが」
ルルが光の中、歩を進めてそっと楼子の手を取った。
白色の長い髪が肩からさらさらと零れた。
「聖女の術は、もう使ってはいけません」
聖女の術。
ルルの口から出た言葉に楼子が体を強張らせた。
楼子は未だ、自分がなにをしたのか、理解していなかった。
「私がこう言うのは、本当に、自分の悪行を棚に上げてのことなのだけど」
方法を探します、とルルは言った。
青色の瞳に澄んだ決意を湛えていた。
「あなたを必ず元の姿に戻しますから、ですから……リシュトのそばにいてください」
楼子は返事に詰まり、少し顎を上げてルルを見た。
憂わし気なルルの瞳に、貧相な自分の顔が映る。
リシュトのそばにいることが、リシュトの負担にならないか。
王都に向かうことが決まってから、それだけが気掛かりだった。
唇を噛んで下を向きかけた。
その楼子の身体をリシュトの腕が攫った。
「リシュト」
「ロオ、行こう」
腕の中に小さな楼子を抱きしめて、リシュトは笑った。
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