22
「話はわかった」
パンと野菜スープで夕飯を済ませて、リシュトは応接室でアデルの話を聞いた。
天井には白い明かりのシャンデリア、その下の長いテーブルに一人掛けの椅子が八つ間隔を空けて並べられている。
楼子は、リシュトの横に座っていた。
膝に乗せられるところだったが、良くないと抗った結果、ぴたりとリシュトの横に据えられることになった。
椅子は一人掛けとは言え大きく、小さな楼子なら問題なく並んで座れるけれども、椅子の数には随分と余裕があるのだが、これが譲歩の限界らしい。
ルルとディジュテーブルから離れた壁際のソファに並んで座って、アデルの説明は、昼に一度聞いた話だったが、リシュトが聞く様子を眉を顰めて見ていた。
話し終えて、楼子の向かい側でアデルがもどかしそうにリシュトを見つめた。
形のよい顎に添えて指を組んで深慮したリシュトの返事に、アデルはほっと胸を撫で下ろした。
「中央に戻らないといけないな」
第三騎士団の命運がかかっている。
リシュトの処遇もだ。
楼子は、リシュトの横顔を見上げた。
リシュトしかできないことだから、リシュトは行かなければならない。
真摯な眼差しは仕事人のそれだ。
そういう目をする人は好きだ。
楼子は、短い足元に視線を戻した。
口を挟むことではない、そう思った。
リシュトは俯いた楼子に囁きかけた。
「ロオ、一緒に来てくれないか」
申し出に体が強張った。
驚いた。
嬉しさと、不安の感情が入り混じる。
楼子は服の裾を掴んだ。
暴れる心臓を押さえる代わりに、ぎゅっと。
何に対する不安なのかはよくわからないが、楼子は今不安に思っている。
リシュトはそれを感じ取って、気を遣っているのではないか。
右も左もわからない楼子を連れ出すのは、リスクでしかないと思うからだ。
「わたしは、ここで」
「だめだ」
「こんな体では足手纏いに」
「俺が引き受ける」
「その、大勢の人の中で暮らすのは、自信が」
「俺がいるから」
言葉の強さとは裏腹に懇願する瞳は、楼子を狼狽させた。
リシュトは真剣な表情を崩さず、身を屈めて、楼子のすぐそばで告げた。
「……離れたくないんだ」
この人は、私の気持ちが読めるのだろうか。
楼子は、どうしても悲観的に警戒する自分と、幸福や安心感に酔う自分とがせめぎ合っていた。
体の奥で漂っている不安を拭うことができないくせに、リシュトの言葉が嬉しくてならない。
「ローコ」
ルルが立ち上がった。
振り返ると、ルルは腹の前で手を重ねて、ピンと立っていた。
ルルの姿は大魔導士の威厳に満ちていた。
「リシュトのそばにいてください」
「ルルさん」
「リシュトのために。それから、あなたのために」
ルルはきっぱりとした口調で言った。
楼子を見つめる瞳は、何か大事な理由があると語っているようだった。
躊躇った。
ルルは楼子に言い訳をくれたのかもしれなかった。
(……それでも)
息を吸って、か細く吐いて、わかりましたと楼子は答えた。
リシュトは瞳を潤ませて微笑んで、楼子を両腕で包みこんだ。
リシュトが傍にいてくれることが、あまりにも心強く感じてしまう。
楼子は、リシュトに頼り始めている自分に気が付いていた。
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