15
そんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。
リシュトの猛獣のような真っ黒な欲望を楼子は知らない。
こんな自分を知られてはいけない、だけど、楼子がいなくなるのが恐い。
リシュトは、自分勝手な独占欲を吐き出した。
それでも楼子は、リシュトの気持ちを全て受け止めた。
楼子の言葉は、真正面からリシュトの気持ちに応えるものだった。
リシュトには楼子の全てが、要る。
どれだけ求めていいのだろうと、期待と不安が同時に膨れ上がる。
何と説明しようもない誰かを欲する気持ちが自分に生まれていることは、我が事ながら何度も驚いてしまう。
恋だの愛だのは上辺だけで、欲得づくの駆け引きの延長でしかないと思っていた。
政治的に利用されるだけだからと誰とも向き合ってこなかった。
それがどうだ。
弱みを曝け出さないように常に感情を表に出さないように克己心を鍛えて生きてきたのに、ここに来て自分のコントロールを失う始末だ。
過去の自分が馬鹿にして嘲る類の感情だった。
耳元で囁く楼子の声が、リシュトを融かす。
頬を伝う楼子の涙がひどく熱い。
彼女の涙が自分の流した涙のように思えてくる。
(ロオ、好きだよ)
伝えたくて堪らない。
君の全部が欲しいのだと叫びだしそうになる。
「……、……」
リシュトは、開きかけた唇を閉じた。
落ち着かないといけない。
今は楼子が混乱する。
歯痒いのは。
おそらく、楼子は、弟にするようにリシュトに接している。
いささか献身が過ぎる楼子は、弟への愛情をリシュトにすり替えている節がある。
楼子から弟を取り上げてしまったリシュトに追及する資格はなくて、だから他意のない純粋な善意を惜しむことしかできない。
もっとも、真面目さゆえの仕事に対する情熱もあるかもしれない。
ハードワーカーの片鱗が見て取れる働きぶりだった。
どちらにせよ、あまり楼子はリシュトのことを異性として意識していない……しないようにしていると思わないでもないが、それはただのリシュトの希望だ。
リシュトに対する愛情が欲しいと性急に伝えることが、楼子を悩ませて傷付けることになってはいけない。
「ロオ」
一呼吸おいてから、愛しい人の名前を呼んだ。
楼子は、はっとリシュトの頭を放した。
「その、わたし、また無遠慮に」
「驚いた」
「そんなに?」
やはり自分勝手な発言だった、失言だったなどと焦っているのが窺える。
リシュトはつい微笑んだ。
楼子が本心を晒すことが苦手だというのは、間違いない。
そんな楼子が泣きながら一生懸命伝えてくれたのが可愛い。
リシュトの願望が端なく口からはみ出した。
「ありがとう、ロオ。ロオは俺のためにここに来たんだ」
なんて言うと束縛しすぎるかな、とリシュトが楼子の首筋のそばでそっと告げると、ごん、と勢い良く扉に楼子が後頭部を打ち付けた。
「いたた……」
「大丈夫?」
「……はい」
よろけた足を再びリシュトの前で揃えて、楼子は強めに息をついた。
「……大丈夫じゃありません。心臓が爆発しそうです」
リシュトはどうして、と聞く。
「リシュトが、わたしの欲しい言葉をくれるから」
嬉しくてと楼子は今にも消え入りそうな声で呟く。
表現は、拙い。
だけどその声音があまりにも可愛くて。
楼子が望む言葉を全部、何度でも言いたい。
湧き上がる感情にひとりで納得して頷いた。
ずっとそばにいて、いつでも。
「俺は赦してもらえたのかな」
「ゆるすもなにも……リシュトって、すごく大人ですよね」
「うん?」
「意地を張らないところとか、ちゃんと相手のことを考えようとするところとか」
弟と比べている発言にリシュトは苦笑した。
そうかな、と言葉を濁す。
「そういうところ、好きですよ」
油断した。
下手に反応すると、言うはずのない言葉まで際限なく出てきてしまいそうで、リシュトは息を止めた。
楼子のさらりと口に出す言葉とつっかえる言葉の予想がまだできなくて、構えていない時に突き飛ばされるような衝撃はほかに名状し難い。
もう、なんだか可笑しくなってきた。
リシュトは返事に迷って楼子に笑い掛けるばかりだ。
楼子は不思議そうにして間を空けたが、リシュトの
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