13
俯いたままの楼子の手を、大きな手が引いた。
「行こう」
ディジュが楼子の手を繋いだまま回廊を連れて歩いて、回廊の中ほどから庭に出た。
楼子は、木漏れ日の中に置いてあるチェアに座らされた。手摺まで編んであるチェアは、日の光で温められていた。楼子を座らせて少しだけぎ、と鳴いた。
ディジュの手が楼子の頭にゆっくり落ちてきた。
午前の風はひんやりと楼子とディジュの間を通り過ぎていった。
森が、風にかき混ぜられてざ、ざと揺れる。
それはあたかも息の合った合奏で、なだらかな旋律が楼子の中に沁み込んでいくようだった。
楼子はようやく顔を上げた。
ルルは布を抱えてリシュトの部屋に入っていった。
楼子は、ルルのようにはできなかった。
楼子はルルに頼まれたはずだ。この世界に来たとき、やつれ切った顔でルルは、あの子を救ってくださいと言った。
それなのに。
ふたりのために、なにもできない。
「ロロは後悔の感情が多いな」
静かな声に、楼子はディジュを見上げた。妖精王の瞳は今日も澄んだエメラルド色をしていた。
大きなディジュのもの柔らかい目が慈しむように楼子を見下ろした。
楼子はふるっと震えた唇を抑え込むように噛んだ。
後悔。
そうなんだろう。誰の益にもならない戻れない過去のことに反省ばかりしてしまう。
それはもう思考の癖だった。悪癖だ。
「聖女召喚の儀式は、魔術師の一方的な力で成立するものではない」
聖女召喚の儀式。楼子が突然この世界にやってくることになった儀式だ。
ディジュは続けた。
思い掛けない言葉だった。
「呼び掛けに応じた者だけが来る」
ぎい、ばたん、と扉の開閉する音がした。ディジュと楼子が、二人同時に扉の方向に顔を向けた。
ルルがリシュトの部屋から出てきた。手には黒ずんだ布の束を抱えていた。 その足取りは覚束ない。
血の気のない顔で一歩一歩踏み出すルルに、ディジュが駆け寄って抱き留めて、背中を抱えて頬を撫でてそれから、口づけた。
「……っふ」
呼吸することすら難しそうなルルの唇にディジュは何度も唇を重ねた。
ディジュの大きな手に納まるくらいの小さいルルの顔を上に向かせて口づける。
苦し気に薄っすら開いていたまぶたが、静かに下りていく。
力無くルルはディジュに身を任せていた。
映画のワンシーンのようで、楼子は上の空でディジュとルルの姿を眺めた。
きれいだな、とか、現実味がない感想をぼんやりと考えた。
ふたりの周りには淡い光の粒がいくつもふわりふわりと浮かんで、ふたりを包み込んだ。
その内、ルルの抱えていた黒い布は、光が浄化したように緩やかに透けて、消えた。
ディジュはすっかり意識を失ってしまったルルを横抱きにした。
「ロロ、ルルを休ませる。お前も今日は休むといい」
こちらを振り向いた時に一瞬険しくした眉根が見えた気もしたが、ディジュは、楼子にはいつもの余裕のある様子で告げた。
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