リシュトの部屋を出ると、部屋の外はとても白く感じた。

明るさのコントラストに目の端がちかちかした。


回廊の真ん中に、ルルがいた。

白い石で囲まれて、森の緑がその縁を彩る。

紫色の重厚なローブで立つ少女の様子は、一枚の絵画のようだった。


非日常感に入りかけたが、楼子は使命を優先した。


「ルルさん、よかった、いた。リシュトさんに水を……」


言葉を続けることができなかった。

正面に見たルルのフードの下の顔、白い顔の大きな青い瞳から、はらはらと涙が流れていた。


「ルルさん……」

「ありがとうございます、聖女様」


頬を伝う涙がルルのはかなげな美しさを引き立てる。

やっぱり美少女だった。

こんなきれいな人にお礼を言われるなんて。

じゃなくて、何で泣かせた。

楼子はせわしなく両手をぶんぶん振った。


「いえその、ありがとうとか、聖女とか、ちょっと待ってください」

「いいえ、どれだけ感謝をしても感謝しきれません。あの子を怖がらずに、この部屋に入ってくれて」


そこだ、と楼子は動きを止めた。


「この部屋に、入れなかったんですか」


ルルは口元を押さえてこくりと頷いた。


「魔族の国との境界の闇の瘴気に両腕を食われてしまい、以来あの子の体は禍々しい瘴気に取りつかれたままです。耐性のない人は、近づくこともできない。私ですら、あの子の傍にいられるのはわずかな時間だけ。

 まともな世話もしてやれず、あの子は人間らしさをどんどん欠いてしまい、もう半年近くも」


(そんな)


楼子は体の水分が干上がってしまった感覚に捕らわれた。

ここまで現実離れしているとは、頭の整理が追い付かない。


そんな状態だったのか。

あの包帯は。

肌掛けの下は。


半年もベッドの上、しかも人との交流を望めない。

病んだ体を抱えて、どんなに不安だっただろう。

失意に打ちひしがれただろう。


弟が入院しているときは、学校の帰りに毎日病院に行って、面会終了時間ですよと看護師さんに言われるまで一緒にいた。

宿題をする楼子の横でEテレを見る弟は、心臓が悪いことなんて忘れるくらい良く喋り笑う。

オフロスキーの物まねが得意だった。

でも、毎日帰り際悲しい顔をする。

あの弟の悲しい顔は、胸が裂けるように辛かった。

ずっと一緒にいてあげられればいいのにと思い、つい泣きながら帰ることもあった。


「でも、今、この部屋から感じる瘴気が薄らいでいるの。あなたのおかげです」

「いいえ、わたしは何も」

「あなたが怖がらずにあの子に接してくれたから」

「怖くなんて」


怖くなんて、欠片もなかった。

柔らかで穏やかな口調に、すぐにいい人なんだと感じた。


「久しぶりに聞きました。あの子の楽しそうな声」


ルルの言葉を、楼子は反芻した。

楽しそうに話してくれた。

優しい声だった。


「笑ってくれました」

「ええ」


楼子の報告にルルは微笑んだ。

楼子はルルの笑顔に心がじんとした。

リシュトを大事に思っているのだろうことが伝わってくる。

誰かを大事に思う気持ちは、すごくよくわかる。


「お水を持っていくんです。もっと話を聞いてみたいです」


ルルが目にいっぱいの涙を溜めて、お願いしますと言った。

台所の場所を聞いて、楼子はスーツの上着を脱ぎながら忙しそうに駆けていった。



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