一日目 初めてのお客さん
このお店は、カウンター席が六席にテーブル席が五席、高齢のお客様向けに座敷が一つあります。お一人様の場合にはカウンター席にお通しするのですが、お二人様以上の時にはテーブル席となり、メイドの私の出番となるわけです。
といっても、路地裏のさびれたとおりにあるこのお店に来るのは、古い常連さんやたまたまここを見つけて、一見さんのまま二度と来なくなるかの場合だけ。いつも閑古鳥が鳴いている寂しいお店です。
そんな店が今まで存続できたのは、マスターの祖父の代から通い続ける常連さんのおかげです。親子三代で継いで来たと言う歴史あるこの店は、確かな実績と味、優しい地域の皆様があってこそ。
まあ、こんな独白をするくらいには暇なんだなとわかってもらったところで、今日初めてのお客様がいらっしゃいました。柔和な笑顔ととても賢そうなメガネをかけたこの方は、このお店の常連の一人で、この街でも有名な作家の先生です。若くしてその才能を発揮し、数多の作品賞を総なめにした彼女は、常に眼帯を付けたメイドを連れ歩いています。しかも男装させています。私の服もこの人が作りました。つまり変態です。
「いらっしゃいませ。こちらお水になりまああっとぉ手がスベッター」
わざとかけようとしたその水は、悲しいことにメイドさんに防がれてしまった。ちっ!
「あらあらー! やっぱり似合うわねえ、素敵よ。あ、注文はいつものでお願いね? オリジナルフレーバーに砂糖一つとミルク二杯。ママレードをたっぷりかけたスコーンをね」
「コーヒーを。モカ単品でおねがいします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
頭を下げて、マスターに注文を伝えた後、店の奥からタオルを持ってきた。メイドさんに手渡して。
「先ほどは大変失礼なことを……本当に申し訳ありません」
「ふふ、いいのよ別に。そうやってやり返してくるっていうのも考えてその制服を作ったのですからね! まあ、この子が私をかばうのは想定外だったけれど」
「あなたが風邪をひくと、看病してと言いながらろくでもないことをすると思いましたので。アルバイトさん、もし私が風邪をひいたら看病してください」
「わかりました」
「あら、素敵な友情が芽生えた瞬間ね! 何故だか私に向けての敵意が見えるけどきっと気のせいね!」
そんなこんなやり取りをしているうちに、マスターに呼ばれたので注文の品を持っていきました。余談ですが、マスターはコーヒーを淹れても一級品なのに、本人はコーヒーを飲めません。なので一方的にコーヒーを敵視しています。
「うん、うん……やっぱり、ここの紅茶が一番ね。今日は可愛いメイドさんも見れたし、とっても筆が進みそうだわ。ねえ、しばらくお仕事をしてもいいかしら」
「ごゆっくりどうぞ。それじゃあ、ほかのお客様がいらっしゃるまでメイド談義をしても?」
「あら素敵。それもネタになりそうね……ふふっ、ふふふふふ! いいわ、昂ってきたわ!」
「メイドさん、こっちでお話ししましょうか」
「ええ、あれの連れだとおもわれたくないので」
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