厄介払い

三鹿ショート

厄介払い

 久方ぶりに目にした彼女は、美しく成長していた。

 彼女が幼い頃に一度だけしか会っていなかったために、私にとって成長した彼女は、見知らぬ女性と変わりなかった。

 だが、相手が親戚だということは認識しているためか、彼女に対する劣情を抱くことはない。

 私が部屋まで案内すると、彼女は即座に扉を閉めた。

 言葉を口にすることもなく、笑顔を見せることもなく、頭を下げることもないとは、聞いていた通りの人間だった。


***


 彼女は、問題ばかりを起こす人間らしい。

 礼儀を知らず、口が悪く、短気であり、暴力を振るうことに対して躊躇いを覚えないような人間だということだった。

 頭を下げた相手がどれほどの人数なのかが分からないほどに、彼女の両親は娘のために走り回っていた。

 頻繁に呼び出されるために、両親は仕事に集中することができず、このままでは現在の会社で働き続けることが出来なくなってしまうのではないかと恐れるようになった。

 だからこそ、彼女の両親は私に頼ることにしたらしい。

 私が自宅で仕事をしていることが理由らしいが、自宅で仕事をしているとはいえ、暇な時間が多いわけではない。

 それを何度も説明したのだが、結局は押し切られてしまった。

 現在の彼女は学生ではないが、仕事をしているわけでもないために、何処に住んだとしても問題はないようだった。

 生活費は彼女の両親が工面してくれるらしいが、自分だけの空間を奪われることに対して、抵抗があった。

 しかし、私は親戚の中において強い立場ではなかったために、断ることができなかったのである。

 彼女の両親との話し合いが終わると、私は溜息を吐いた。


***


 私が仕事をしている間に、彼女は何時の間にか外出をしていたらしい。

 家の中に戻ってきた彼女に声をかけようとしたが、私は目を疑った。

 彼女が、性質の悪そうな人間を連れていたのである。

 彼女と同じように派手な格好をし、煙草を咥えながら、その手には酒を持っていた。

 どれほど頑張ったとしても、性質が悪いようにしか見ることができなかった。

 その女性は私を目にすると笑みを浮かべながら手を振ったが、何も語ることなく、彼女の部屋の中へと消えていった。

 彼女の部屋から騒ぎ声が消えたのは、朝日が顔を出した頃だった。


***


 彼女とその仲間が夜遅くまで騒ぎ続けるために、寝不足の日々が続き、仕事では失敗をすることが多くなってしまった。

 騒音の対策を考えながら買い物を行い、自宅に向かっていたところで、私は公園で彼女を目にした。

 今日もまた、性質が悪そうな相手と過ごしているようだったが、よく見れば、事情が異なっているようだ。

 顔を顰めた短髪の男性が彼女の髪の毛を掴んでいるためか、彼女は今にも泣き出しそうな様子だったのである。

 どのような経緯でそのような事態に至ったのかは不明だが、気が付けば、私は買い物袋を男性に向かって投げつけていた。


***


 公園の長椅子で横になっている私に、彼女は近くの自動販売機で買い入れた飲料水を差し出してきた。

 感謝の言葉を口にしてから水を飲んだが、殴られたことで口の中が切れていたのか、少しばかり痛みを覚えた。

 黙々と水を飲む私の隣に、彼女は神妙な面持ちで座っている。

 やがて、その口を開いた。

「何故、手を差し伸べてくれたのですか。私は、そのようなことをされるほどに価値が存在しているわけではありません」

 初めて耳にしたその声は、想像していたよりも低いものだった。

 彼女の問いに対して、私は天を仰ぎながら、

「幼い頃に見たきみの笑顔は、太陽にも敗北することがないほどに輝いていた。どれほど姿が変わったとはいえ、そのような笑顔を浮かべていた人間の悲しむ様子は、見ていて気分の良いものではないからだ」

 彼女の反応を見ることなく、私は立ち上がると、自宅に向かって歩き出した。

 彼女は、無言で私の後ろを歩いていた。


***


 翌日から、彼女は大人しくなった。

 それに加えて、派手な格好をすることを止め、家事の手伝いをするようになったのである。

 あまりの変化に、私は思わず、彼女の両親に報告してしまった。

 当然ながら、彼女の両親もまた、驚いていた。


***


 実家に戻ると彼女が告げてきたのは、私の家で生活を始めてから半年ほどが経過した頃だった。

 かつての面影が無いほどに、彼女はすっかり普通の人間へと変化していたために、実家でも厄介者として扱われることはないだろう。

 実家に戻る前日の夜、彼女は私に対して、事情を語ってくれた。

 それは、彼女が厄介者と化した理由だった。

 彼女は、両親に相手にされたかっただけらしい。

 仕事に生きる両親が、自分に意識を向けてほしかったために、悪事を実行するようになったのだが、両親はそれを咎めることなく、ただ迷惑をかけた相手に謝罪するばかりだった。

 ゆえに、彼女は両親に対して期待をすることを止め、同時に、自分を相手にすることがないことに対する報復として、悪行を続けたということだったのだ。

 何とも悲しい理由である。

 だからこそ、私は彼女に対して、実家に戻ることは止めるべきだと伝えた。

 彼女が変わったとはいえ、両親の意識もまた変化するとは限らない。

 これまでと同じことを繰り返す場合があるのだ。

「では、私は何処で生活を続ければ良いのでしょうか」

 その問いに、私は彼女が生活をしていた部屋を指差した。

 彼女は目に涙を浮かべながらも、口元を緩めると、私に抱きついてきた。

 やはり、彼女は笑みを浮かべている方が美しかった。

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厄介払い 三鹿ショート @mijikashort

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