第8話
翌日。
中々迷ったが私は殺人の協力者を得ることにした。
当てはある。
和貴が我が家によく招き入れる人物、健一。
今日も彼は我が家に来ている。
金髪。耳にピアス。ワイシャツはブカブカな上にズボンから出している。
長く細い脚は堂々と歩を進め、端正な顔には一切の迷いがない瞳が宿る。
身長は和貴より目算30cmほど大きく、180はあるだろう。
面喰い女共にはよくモテそうだ。
そんな健一だが、私は彼が私に好意を寄せていると知っていた。
ならば彼は殺人の協力者に相応しい。
どれだけ価値のある人間だろうと利用できるなら考慮しない。
健一が私を好きである事が重要なのだ。
でも彼には問題があった。
同時に健一は和貴の親友でもあるのだ。
ならばどうするか。
「健一さんちょっと来て下さい」
「え、瑠璃子ちゃん?!」
私は取り敢えず、リビングのソファに腰をかける健一を一階のトイレの個室に連れ込む。
「あれ?ソファ座っちゃまずかった?」
「そんな事じゃ、、ないです」
何を今更言ってるんだと呆れつつ、最大限に私のできる可愛い上目遣いを健一に送る。
「な、なんなんだ?」
耳まで真っ赤になる健一。
本題を切り出す。
「お兄さんは、和貴はあなたの親友ですか?」
「え?おおう」
「なら、和貴の事を殺す協力をして下さいませんか?」
本題を切り出すと、暫しの沈黙が私と健一の間に走る。
ポカンとした健一から質問が来る。
「え、なんで和貴を殺さなきゃならないんだ?」
「お願いします。貴方にしか頼れないんです」
私は健一の胸に身体を擦り付ける。
健一は少し喘いだが、その後漏れた声は驚愕から来るものだった。
健一の見た先、そこに驚愕の根源がある。
「る、瑠璃子ちゃ、この大量のあざは?!」
「ええ。私は和貴から虐待を受けています」
決して上目遣いの姿勢を崩さず、でもさぞかし悲しそうに笑って見せた。
「児童相談所には頼ったのか?」
心配そうな表情を浮かべる割に的確なアドバイスを提案する健一。
手強い。
でも論理的思考が強い彼でも簡単に操れる魔法の言葉がある。児童相談所という選択肢を除外する、健一に和貴を殺す気にさせる言葉だ。
「私は和貴が嫌いです。だから殺してしまいたいのです。今までどれだけ苦しい思いをしたか。どれだけ我慢をしてきたか。和貴はおかしいんです。狂ってるんです。だから私たちだけしか手の届かないやり方で諸悪の根源を駆除しませんか?」
嫌いだから殺す、これは大きな間違いだが和貴を悪として仕立て上げるには仕方のない事だ。何故和貴を殺さなければならないのか、それはガク君が関係している。
もし私への虐待を理由に和貴が逮捕されるとしたら、ガク君には私が原因で和貴が逮捕された様に映るだろう。
それでガク君が私との関係を絶ってしまったら本末転倒である。
だから健一を説得する口実にしか虐待されている現状を使わないのだ。
口実として実用できるほど和貴は私を信じてくれた。
素直に嬉しかった。
私は毎日和貴に暴力を振るわれ、汚い言葉で罵られ、所有物を壊されたりといった典型的な虐待を受けているのだ。
その虐待がまさか自分の首を絞める結果になるなんて想像もつかないだろう。
一生消えない傷ばかり負わされた私だが、精神的にはもっとキツかった。
そんな話を健一に打ち明けたのだ。
だが健一はおそらく私が精神的にダメージを受けた原因を虐待だと思っているだろう。
しかし虐待が原因ではない。
ガク君は私の大量のアザに気付いてくれなかったのだ。どれだけ身体を接触しても、同じ時間を共有しても彼が私をみてくれる事はなかった。
この大きなアザは見つけてくれる事を期待してたけど、希望は容易く打ち砕かれてしまった。
なら私の受けてる虐待に気付いてくれた健一の方が私を幸せにしてくれそうだ。
でも私の恋心は残酷でガク君への気持ちは変わってくれない。
健一は殺人協力者候補としか見えない。
だから感情、恋心、正義、全てを最大限に活用して健一を取り込む。
絶対に裏切らない様に洗脳して利用する。
「なるほどな。この痛々しいアザを見れば瑠璃子ちゃんの言ってることも信用できる。俺を頼ってくれてありがとう。
和貴を殺そう」
覚悟の決まった顔で私を軽く抱きしめる健一。
洗脳は完了だ。
恋心を理由にして健一に協力してもらう、この本心は絶対にバレてはならない。
健一への洗脳が解けてしまうからだ。
すぐに感化される健一を頼って本当に良かった。
あとは洗脳を強めていけば良い。
計画は順調だった。
翌日。私達は和貴の家からなるべく遠い喫茶店で会う事にした。
私が喫茶店に来る頃にはもう健一は着いていて、無駄にオシャレをしていた。
褒めてやったら彼は10分ほどずっとニヤけていた。健一は単細胞である。
アイスコーヒーを嗜みひと段落ついた頃、ようやく真顔に戻った健一が例の話題を切り出す。
「んで、和貴君の殺害方法については考えているのか?」
「はい。銃殺でどうでしょう?」
「それはアホやん」
クスリと笑われた私だが大真面目である。
「だってそれしか殺す方法が無いんですよ」
「え?」
「いつも喧嘩ばかりしてる強い大男を絞殺なんて私にできるわけがない。包丁を彼の脳天に刺せるわけがない。毒殺するにも毒を仕込ませるタイミングがない。自宅の料理に毒を仕込むと私たち家族に犯人が限られてしまう。
でも銃殺って犯人として疑われにくく、最も確実に和貴を殺せる方法だと思いませんか?」
「訓練が必要だぜ。かなり多くの時間がいる」
「その訓練方法を教えてもらいたいのです」
精一杯ぶりっ子をして健一に懇願する。
彼に殺人協力を頼んだ理由の一つは彼の家系にヤクザが絡んでる事だ。
それを知ってるのは極少数。
健一には普通の人間として育って欲しいという彼の母の願いで公に広まってはいない。
健一からこの話をされた時は重すぎる内容のあまり記憶から消し去りたかったが、こんな活用方法があるとは思いもよらなかった。
健一の家族に殺人依頼をする線も考えたが、この殺人計画をなるべく周りに広めたく無いのでやめておこう。
私の手で銃殺するのだ。
ヤクザの家系なら銃の一丁くらい持ってるだろう。それをこっそりと租借すれば良い。
また、付け加えると健一の家系にヤクザが絡んでるのを告白された時、彼が私に相当重度の恋に落ちているのだと悟った。
だから今回の私の頼み事も断れないはずだ。
健一の家から銃を盗み出し、扱い方を指導してもらう。
かなり無茶な願いだけど、、
「いいよ」
こんな感じで健一は協力してくれる。
「でも瑠璃子、俺が和貴を殺す方がいいんじゃないか?」
「ダメです。信用できません」
健一は確かに殺人に関して賢い。でも彼は感化し易いのだ。
更に和貴と長く関わってきた親友。
和貴を殺す直前に健一が躊躇したらこの計画は失敗する。
成功率の観点から私が殺した方が良いのだ。
案の定健一は私に言われた事に少し傷ついた様子を見せたが、次の瞬間には女を魅了する良い男に戻っていた。
「酷い言われようだぜ。まあいいや!
確実に人を殺すには半年くらい訓練が必要だと思うけど覚悟できてるよな?」
「当たり前です」
「おし!じゃあ俺んち来い!」
喫茶店の椅子から立ち上がり健一は私の手を掴む。
半ば強引に私も椅子から立たされた。
会計を済ませ店を出たあと、走る健一を必死で追いかける。
「何も走る事ないじゃないですか」
「気分あげてこーぜ」
健一は叫んで更に加速。
なんて男だ、と呆れながら走るがどんどん健一と私の差は広がっていく。
その後巻き返してきた健一がいきなり私をおんぶしようとしたので彼の金的を思い切り蹴った。
和貴なら余裕で回避できるこの蹴りで悶えている健一を見て少し愛着が湧く。
「ほら、立って下さい!行きましょ」
地面に横たわっている健一に手を差し伸べる。
「あ、ああ」
私の差し伸べた手を健一が図々しいほど強く掴む。
背筋が凍ったが、その後は2人で仲良く歩いて健一の家に向かった。
健一の家は和風の普通の家だった。
ヤクザが絡んでる家とは思えない。
家の中も普通だ。
でも、一皮めくれば牙をだした。
「このソファの下に銃がある」
そう言って健一はソファのベッドの部分を取り外した。
「今は親父がいないから良いけど銃盗んでるとこ見つかったら瑠璃子は確実に殺される」
「こ、怖い事言わないで下さい」
それがかなりガチっぽいので声が翻ってしまった。
健一がベッドの部分を取り外すと、ベッドで蓋をして隠されていた収納スペースが剥き出しになる。
「さて、どれが良い?」
健一はずらりと並んだ銃を指差す。
「1番扱い易いのはこれ。ベレッタ ナノっていう自動拳銃さ」
きょとんとしている私に健一は説明を付け加える。
「じゃ、じゃあそれでお願いします」
知識ゼロなのでこだわりがない。
使いやすいならと私は迷う事なくベレッタ ナノを手に取る。
エアガンとは違う重量感、質感。私は固唾を飲んだ。緊張感で手が震えてしまう。
それとは対照的に健一は慣れた手つきで家の壁の隠し扉を開いた。
その奥には棚が並んでおり鉄製のケースがたくさん積まれている。
私は選んだ銃を手に持ったままその場に佇む事しかできない。
扉の奥で健一は一つの大きなケースを取り出した。
健一の顔や箱を持っている手が赤くなっていたので相当重いケースなんだと推測できる。
「何ですかそれ」
「銃弾が入ってる。5000弾くらい」
苦しそうな声で健一は応えた。
「手伝います!何処持ってくんです?」
「ありがとう!けどここで良いや」
健一は私の目の前の床にケースを置いた。
その後赤く腫れた手をフリフリしながら彼は一息。
「親父くさいですね」
「そんな冗談言うくらいなら敬語やめて」
「え!?りょ、りょーかい」
私は健一と少しずつ距離を縮めていく。
こうして健一と触れ合っている時間も彼を洗脳するためにある。
この殺人計画を裏切らせない様に健一との絆を強めていかなければならない。
そんな裏事情など梅雨知らず健一はリュックに銃弾を詰めていく。普通の、何処にでもありそうなリュックだ。
「とりあえず200弾くらい詰めとくぜ」
「すごいわね」
金色に輝く弾丸がケースからリュックへと移動していく。なかなか見れない光景だ。
リュックが弾丸で一杯になると健一は今にもはち切れそうなリュックのチャックを閉めた。
そして弾丸の入ったケースを壁の隠し扉に片付ける準備として健一は深呼吸をし出した。
「そんな事しなくても手伝うわよ?」
「え、ありがと、えへへ」
少し微笑ましい雰囲気が漂う。
だが平穏はすぐに崩された。
玄関の鍵の開く音。
「や、やばい親父が帰ってきた」
「え、何かダメなの?」
「この弾丸の箱を瑠璃子が見たってバレたら殺されるぞ。いや監禁もあり得るか」
健一は青ざめながら箱を持ち上げる。でも焦っていたせいか落としてしまった。
更に運が悪い事に彼の足にケースが直撃。
「くぅううう」
叫ぶのを我慢しながら床で悶え苦しむ健一。
私は精一杯の力でケースを引きずりながら壁の隠し扉の奥に運ぼうとする。
想像の一万倍は重いこの箱は中々動いてくれない。
そんな事をしているうちに健一の親父さんは私たちのいる部屋の扉を開けた。
黒いtシャツのボタンが今にも弾け飛びそうなほどの肥満体型。
それでも腕はたくましく、殴られれば即死だろう。ズボンのチャックには銃らしきものをちらつかせている。
冷徹な瞳に射抜かれて私はケースから手を離した。
健一の親父が腕を振り上げる。
やばい、直感的にそう感じた。
思考がまとまらず視界が真っ白になる。
でも私の真っ白な視界の中で唯一見えたものがある。
直後私たちのいる部屋で銃声が鳴り響いた。
直後床に倒れたのは私ではなく健一の親父の方だった。悲鳴をあげる隙もなく彼は死に直面したのだ。
脈拍が激しく荒々しい呼吸で目の前の現実を目視する。
ゆっくりと銃を持つ手を下ろす私。
直後私は現実に圧倒されて硬直する。
私はこの時初めて人を殺したのだ。
素人なのに私の撃った弾丸は健一の親父の頭を綺麗に貫通していた。
何も考えられない私に健一が近づいてきた。
足を引きずりながら歩み寄り、私の目の前で立ち止まる。
足に力が入らなくて床に腰を下ろしている私を真っ直ぐ立つ健一が見下ろしている。
依然整った顔立ちを崩していない。
金髪がよく似合ういつも通りの風貌のままただ黙って健一は私を見下ろしたまま喋らない。
「け、健一」
反応してくれない。何も言ってくれない。
ただ崩れる音がした。和貴を殺す計画が崩れて消滅する音がした。
絶望する私に健一はようやく口を動かす。
よく聞こえない。
「どーしたの?」
「ごめんね瑠璃子」
たしかに健一はそう言った。
自分の親父を殺した犯人にただ謝っている。
「なんで、謝るの?」
「俺の不注意で人殺しにしてごめん。今日親父は帰ってくるはずがなかったんだ。愛人宅に泊まるはずだったんだから。本当にごめんね瑠璃子。和貴を殺すこの計画は絶対に失敗させないよ。この事件はきっと君が逮捕されないように俺が始末しておく」
健一の表情が歪んでいく。
彼は強く拳を握る。唇を噛み、悔しそうに、悲痛な声で私に謝る。
彼は私が好きだから。
彼は私の幸せを願っているから。
私は健一の肉親を殺したのに。
健一から出される話題の中に彼の父はよく登場していた。嬉しそうに健一は彼の父の話をしていた。
それほど健一は父を愛していたのに。
でも健一は許すどころか詫びてくれた。
わがままで自己中の私をそのままでいさせてくれた。
だから私はこう思う事にした。
健一は何処までも扱いやすいおバカさんだったのだ、と。
健一の父、洋輔の死はヤクザの揉め合いによるものだとして事件は決着した。
丁度、洋輔がボスの組合と大門市に隣接している羽舞市の行政を牛耳っている大きな組合が衝突していたらしい。
その過程で不遇にも洋輔は死亡した、という枠組みが出来上がっていた。
健一のカリスマ性、説得する能力で世間を騙し抜いたのだ。
従順で賢い最高の犬を手に入れることができた私は笑みを隠せない。
私は悪いやつだと思う。
でも悪に対して開き直ることができれば最強になれる。
私は悪い私が大好きなのだ。
私の狙撃練習が行われたのは洋輔が逮捕されて3日後からだった。
健一の家には地下室があり、そこには狙撃練習用の部屋が完備されていた。
好きに使って良い、そう健一は言ってくれた。
つくづく私は身近にこんなに頼れる殺人協力者がいる事に舌を巻く。
親父ちゃんと撃てたんだから練習しなくても良さそうだよなー、と嫌味ったらしいブラックジョークを健一が言っていた。
しかし実際あれは奇跡だ。
銃は撃つ時予想以上にブレるので的に当てるのは難しい。
だから本当に意地クソ悪い奇跡だったのだ。
そんなわけで狙撃の努力はしなければならない。
健一は優しく銃撃について教えてくれた。
下心は丸わかりだけど健一は本当に優しい男だ。
私は毎日の様に健一の家に通い詰めていた。
健一のサポートもあり確実に的に当てる事が可能になるのにかなり早く済んだ。
そこで意識し始めるのはやはり和貴を実際に殺す事。
和貴を撃つ一ヶ月前私は健一にあるお願いをしていた。
「あのさ健一」
「んー?」
「健一の家系の傘下のお店とかない?カラオケとか、漫画喫茶店とか、映画館とかそーゆーやつ」
正確に言えば、途中で抜け出す事のできないお店だ。
んならキャバクラやホストなんかでも良い。
健一は少し悩んだ後意外な回答をした。
「母が塾を経営しているぜ?」
「塾?!そんな健全な」
「俺の家族をなんだとおもってんだ?!」
「ふふふ」
健一のツッコミに愛想笑いを浮かべながら私は塾も悪くないと考えていた。
腹の底が知れない私に健一は疑問をぶつける。
「で、なんでそんな事を聞いたんだ?何がしたいんだ?」
「あのね、今から和貴殺害計画を発表するわ。そこであなたの質問にも答えられる」
「つ、ついに時は来たか」
健一は少し寂しそうな顔をした。やはりどーしようと健一は和貴の親友なんだなと感じられる。
構わず私は続けた。
「まずは和貴を殺す時のアリバイ工作についてね。
順序立てて説明するわね」
「お、おお」
「私はガク君の位置情報アプリを持っている。放課後ガク君と和貴は一緒に帰る。だから間接的に和貴の位置情報も取得できる。ここまでok?」
最近ガク君がスマホを手に入れた事で沢山のアプリを交換した。
その中の一つが本命の位置情報アプリ。
だがガク君の位置情報が重要と言うわけではない。
「ガク君の位置情報しか取得しない事で、本当は和貴の位置情報が欲しいって事をバレにくくするって事かな?」
飲み込みの早い健一は一歩踏み込んだ推測までしてくれた。
頭の切れる男だ。
「そうよ!次に伝えたいのはガク君と和貴は人通りの少ない道を選んで帰宅しているという事。更にボロアパートの廃墟を通りがかるの。この廃墟が和貴を狙撃する場所になるわ」
「うーん、、。なんで和貴が1人の時に殺さないんだ?ガク君という目撃者がついてしまうぞ?」
整った顔を崩して私のやり方のリスクについて言及する健一。
彼の言う通りガク君と言う目撃者がついてしまうのは確かだ。
しかし和貴が1人の時はもっとリスクが大きい。
「和貴が1人で外出する時は必ず人の多い道を選ぶわ。というか大門市で唯一人の気配が全くない場所はあの廃墟の周りのくらいなのよ。あの道を和貴が使うのは学校からの帰り道のみ。こんな感じで和貴が1人の時殺すとすると目撃者は大幅に増えてしまう。
だからガク君が目撃者になるのは仕方ないわ」
私の言う事を肯定してくれる。
しかし健一の言葉に今までの様な覇気を感じられない。
本当に些細だけど健一はいつもと違う雰囲気だ。
でもそれを気にする私ではない。
「で、次にアリバイ工作についてだけどそこの部分を貴方に頼みたいの」
「あー、俺の母が塾経営してんのが関係してんだっけ」
「まーね。塾に行ったという事実だけ残して途中で抜け出す。付け加えると先生として活動するのは貴方よ」
「え、俺?!」
「じゃないと授業中抜け出せないじゃないの」
健一は寝耳に水、といった様子だ。
でも流石の対応力、きちんと対応してくれる。
「うーん、、。じゃあ兄に殺人計画について話して、彼の授業中に抜け出すのはどうだ?兄は裏で殺人を繰り返す大悪党だから殺人に関しての秘密は守ってくれると思うんだ。
警察にも『瑠璃子はずっと私の授業を受けていた』と伝えてくれるだろうぜ」
「信用していいの?」
「ああ。殺人、に関してだけはな」
殺人という単語だけ強調して健一は私に言う。
これだけ言うなら信用してみるか。
殺人計画を知る人間が増えるのは大分ダメージが大きいけれど。
「まあ兄本人の証言の他に塾の出席簿に瑠璃子の名前入ってるから!それが塾に通ったという証拠になるぜ」
「なるほどね。でも問題は塾代か、、」
母親は私に勉強を勧めるタイプの人間なので大丈夫だとは思うが。
少し不安が募る私に健一は建設的な提案をしてきた。
「塾代は免除してやるよ。どーせアリバイ工作が済んだら塾通わないだろ?」
「アンタ、、」
私には勿体無いほど言動も容姿も完璧な健一。
なんだか一生この犬を飼い慣らしておきたいと思ってしまう。
健一と同じ様にこれが私の下心なのだろうか。
話がずれたが、塾に行ったという既成事実を健一の兄が作り上げてくれる事によりアリバイ工作はかなり完璧だ。
あとの問題は塾が何処にあるかであろう。
「じゃー明日にでも塾まで行ってみるか?」
「そうねーあの廃墟と遠ければ良いけど」
健一の提案に私は独り言の様に希望を口にした。
殺人現場から遠ければ良いと願うのは当然だ。
まあ近くても塾をアリバイの拠点にする事に変わりはないが。
ともかく明日は目的はどうあれ嫌いな場所の上位に君臨する塾に行かなければならないのだ。
「はよ帰って寝るわー」
健一の家の地下室から地上へ這い上がって私はそそくさと帰路を急いだ。
殺人への希望に胸をときめかせながら。
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