第7話
ー2年前ー
私とガクが初めて会ったのは小学六年生の時だった。
大門市の郊外にある曰く付きの神社。
普段この場所には誰もくることがない寂れた場所だ。
そんな神社に私は通い詰めていた。
今日も、「はー、1人って最高」
とか呟きながら神社の縁側に仰向けになる。
神社の周りには陰樹林が形成されていて、涼しく居心地が良い。
「ふー」
と息を吐きながら身体から力を抜く。
だんだん意識が薄れてきて、眠りそうになっていたのだが、1人の邪魔が入った。
「うわっめっちゃ可愛い。寝てるしキスでもしちゃおーかな」
目の前で私を見下ろす1人の少年。
いつの間に来たのだろう。
「起きてるわよ」
ちょっと不貞腐れながらその少年に言う。
「うわお。声まで可愛い」
「そんな言葉聞き飽きたわ」
「あはは」
聞き飽きた、というのは本当のことだ。私は学校ではモテるタイプの人間である。
だから容姿を褒められてもあまり嬉しくないのだが、何故か私は目の前に佇む少年に興味を持ち始めていた。
よく見るとこの少年も中々のイケメンだし。
私にナンパしたりとこの少年は極甘街道を歩いてきたんだなと感じざるを得なかった。
「名前は?」
「須藤學」
単語をポンと返すだけでガク君?は私の名前を聞いてこない。
「良い性格してるわね。私は槇原瑠璃子よ」
「へー」
ガク君は私の名前に全く興味がないようだった。
なんだか私ばかり話しかけてるみたいで気に食わない。
大体何故私だけの世界に足を踏み入れた邪魔者と和解しようとしてるのか、自分で自分がわからなかった。
「なぁ瑠璃子」
不意にガク君に呼びかけられる。
私は少しドキッとした。
「会って10分も経ってない人を呼び捨てとは良い度胸じゃない」
「悪い気はしないだろ?」
「そうね。不思議だわん」
ガク君はよくわからない。でも、一目見た瞬間から私は彼に吸い寄せられてる気がした。
この少年でなければ、今頃私は神社を立ち去っていただろう。
面食いとか、そう言うことじゃない不思議な力をガク君から感じていた。
「瑠璃子、いきなりで悪いけど俺と付き合わない?」
「え、は、はい!」
その不思議な力に蹂躙される様に、なぜか私はガク君と付き合う事になっていた。
出会って10分も経たない様な変な奴と。
それから毎日私とガクは神社で会う様になっていた。
数ヶ月後、
私とガク君は晴れて中学生になり、それと同時にデートと言われる行為もする様になっていた。
私は中学に入ったお祝いでスマホを買ってもらえた。
でもガク君はスマホを持っていない。
だからデートの約束をする時はいつもガク君の家電に掛けなければならないから恥ずかしかった。
ガク君の両親は特に私たちの進展を凄い質問してくるから尚更だ。
そして、付け加えると私とガク君の間で進展なんてしなかった。
それはいつもガク君は私を見てくれないからだ。視覚的に私のことを見ても、内面までは見てくれないのだ。
いつもどこか遠くを見ていて。
この時から少しずつ私の中で独占欲と疑念が育っていった。
疑念とはガクが遠く見ている先だ。
そこに何があるのか。誰がいるのか。
ガク君は誰を見ているんだろう。
ひどくもどかしい気持ちが私を襲う。
ガク君が無意識に求めていたもの、その答えが分かるのにそう時間はかからなかった。
私の兄は和貴という名前で、ガク君と同じ高校の同じクラスだ。
ガク君は私と和貴を赤の他人だと思ってるらしい。
私は面白いからそのまま放っておいた。
ガク君の誕生日にでもサプライズで明かしてやろうかなどと考えていたのだ。
ガク君はデートが重なるたびに、どこか遠くを見る回数が多くなった。
私と手を繋いでくれる、私とキスをしてくれる、私を抱きしめてくれる、でもガク君の気持ちだけがどうしても私に向いてない気がした。
疑念が募り、我慢できなくなった頃私はガク君を1日つけて見る事にする。
放課後、ガク君を彼の学校の正門でまずは待ち伏せをしよう。
思い立った私はガク君の学校の放課後のチャイムに間に合う様に学校を早退した。
ガク君が学校からノコノコと出てくる。
和貴と一緒だ。
どうやら和貴と一緒に帰るらしい。
私は2人をつけていく。
人気のない道を選んで2人は帰っていく。
途中で廃墟みたいなアパートを彼らはビビりながら通っていた。
その後の道の突き当たりで2人は別れた。すかさず私はガク君の背後を尾行。
背徳感に潰されそうな思いを胸に私はガク君の帰路、住所を特定した。
こんなストーカーまがいな事をしてる自分が信じられなかった。
ガク君は私を惹きつける。
その力は強大でどんどん私はのめり込んでいく。
ストーカー、こんな行為はまだこれからのガク君への奇行として序章に過ぎなかったのだと、後に思い知らされる事となる。
ガク君の家の近くには公園がある。
その公園の大きな木の下にある赤いベンチに私は腰をかける。
ひと休憩していたら、ガク君が家から出てきた。
予想外の事態に私は動転したが、すぐ木の後ろに隠れガク君の様子を伺う。
ガク君は白いシャツに黒のジーンズ、黒の革靴を身に纏っている。
私とデートする時の様なオシャンな格好だ。
怪しい、そう思った私は彼をまたしも尾行する事にした。
ガク君が真に求めているものの正体が掴めそうな予感がしたのだ。
ガク君はノコノコと歩いていく。
ゆったりとしたペースはいかにも彼らしいもので私は微笑んだ。
それと同時に私はガク君の向かっている場所にぼんやりと不安を感じ始めていた。
案の定私の不安は的中し、彼は大門駅東口のラーメン屋の横で立ち止まる。
あそこは私とガク君がデートする時の恒例の待ち合わせ場所だ。
あれ今日デートの約束してたっけ、と記憶を遡るが全く覚えがない。
不理解が私を襲い、その後最悪の予想が脳裏によぎる。
「ま、まさか、、浮気なんて」
いつも私を見てくれないガク君。
もう私には愛想を尽かしちゃったのだろうか。
そんな勝手な妄想で勝手に落ち込んでしまってる私。
もういっその事隠れるのをやめてガク君と話したい、、そう思った時私は衝撃の瞬間を目にする。
「お待たせ!」
ガク君の背後から彼の裾を引っ張る女性。
ガク君が振り返る。彼はその女性を見てパッと表情を明るくした。
その女性の頭をガク君は撫でる。女性は嬉しそうにガク君の胸に頭を当てた。
決して浮気、、とかではない。
私は唖然として言葉も出なかった。
なぜなら、ガク君と戯れあっていたあの女性は私だったのだから。
私と同じくらいの身長で、いかにも私らしいコーデで、私と同じ髪型で、私と同じ顔で、私と同じ体格で、私と同じ喋り方。
何もかもが私と瓜二つの女がガク君と戯れあっている。
あの瓜二つの女は誰なのか。私はすぐに推測できた。
和貴だ。
わたしの双子の兄、和貴に違いなかった。
まだ声変わりをしていないので彼と私の声はほぼ同じ。体格も同じ。
違うのは髪型と、和貴が伊達眼鏡をかけていることぐらいだろう。
眼鏡をかければ頭が良くなると彼は本気で思っているらしい。
あと、強いて言えばツッパリの和貴と温和な私では顔つきが全く違う。
表情の動かす筋肉がまるで違うのだ。
そのおかげか今までガク君に私と和貴の関係性を聞かれた事はない。
しかし今はどうだろう。和貴はカツラで私と同じ髪型を構築し、眼鏡も外している。
まとめると、あの女、いや正確に言うと男は女装した和貴だ。
和貴は自分を偽ってガク君とデートしている。
その光景は実はもう目に焼きついた光景だった。
数ヶ月前、私とガク君が付き合ったという事を知った和貴がある提案をしてきた。
それは和貴が女装をして私になりすましてガク君とデートしたい、という提案だ。
私は自分に絶対の自信があった。
和貴なんかにガク君とデートらしい事ができるわけない。
そう確信していたのだ。
しかし現実は違った。
和貴は予想以上に女を演じきれていた。
私といる以上にガク君は楽しそうだった。
その事実が許せないので和貴の女装デートは今回きりに留めたかったのだが。
それをするとまるで和貴にガク君とのデートで負けたみたいで許せなかった。
だから私が許可したデートのみ和貴を起用する事にした。
そして今、私がストーカー紛いな事をして見てしまったデートは和貴に許可した覚えがない。
和貴が作り上げたデートだ。
今日も和貴はガク君とのデートを楽しんでる。
しかも私としてきちんとそこに存在している。
一つ一つの動作が自然と女らしくて、私らしい部分も表現している。
まるであれが和貴の本来の姿とでも言うかの様に。
私はじっとりとした冷や汗を頬に滴らせていた。
和貴がガク君を取り込んでしまう。その不安が徐々に私の心を蝕む。
2人はラーメン屋を離れてプラプラと歩き始める。
それと同時に私も彼らの背後を物陰に隠れながらついていく。
彼らは私とガク君のデートプランと同じで、大門駅周辺をプラプラと歩くだけだ。
それだけで今日も2時間過ごし、ガク君と和貴は解散した。
彼らのデートを見て私は思った、いや気づいてしまった。
ガク君は和貴とのデートで一度も遠くを見る事はなかった。
彼の目の前にいる和貴に夢中になっていた。
今まで見たことのない笑顔で、照れ顔で、立ち振る舞いでガク君は和貴との時間を楽しんでいる。
ガク君の感情全てをぶつけた熱いキス、ハグ。
私とではありえない光景。
でもその光景には見覚えがあった。ガク君が和貴と下校している時、ガク君は今のデートの時の様な表情をしていたのだ。
つまり、そう言うことだった。
ガク君は和貴に恋をしている。
和貴もガク君に恋をしている。
更に和貴の方はその自分の気持ちを自覚している。
ガク君の恋人である私のフリをしているのが何よりの証拠だ。
ガク君は自分の恋心にまだ自覚はない。
でも、気付きかけている。
ガク君が私と付き合ったのは、彼が私の奥に和貴を感じていたからだったのだ。
その時、私の中で育っていた疑念が、独占欲が和貴への殺意へと変わった。
独占したいという欲望が殺人という結論へと結びつく。
私のチンケな頭では和貴を殺すという短絡的な思考しか編み出せなかったのだ。
それがガク君を私だけのものにする方法。
和貴を殺す。でも私は絶対犯人としてバレてはならない。
2人だけの永遠の安寧を築く為に。
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