第5話

その後、健一と会う約束を電話で済ませた俺は、学校の体育館裏に呼び出した。

人の少ない、すぐに襲っても問題ない場所。

マッド君がリーゼント組の喧嘩中コカインをばら撒いて今日まで三ヶ月放置しておいても誰も気づかない様な場所。無法地帯だ。


俺は一旦家に帰ってリュックを背負って待ち合わせ場所へ向かう。

リュックの中には包丁とノコギリが一丁ずつ入っているだけだ。

準備満タンである。

待つ事10分後だろうか。

「お待たせ」

背後から威勢のいい声が聞こえて、そちらへ振り返る。

すると黒い喪服姿を着た健一が俺を真剣に見つめていた。

「おお!健一、、お前なんで喪服なん?」


「今日は和貴の死に顔を拝むために学校を休んだんだ」


そう言って不器用な微笑みを健一は俺に見せた。


その微笑みで彼は"和貴が撃たれて本当は悲しんでいるけれど無理に笑って強がってる"と言うニュアンスの演技を見せてる気がした。



俺に犯人として疑われている事を健一は勘付いているのだ。


だから遠慮なく俺は問い詰める。

「健一さー、勘違いすんなよ?まだ和貴は生きてんだ。

それになんでお前和貴が撃たれた事知ってんだよ?」


健一が学校を休んだということは、彼が和貴への銃撃を知った情報源は学校ではないのだろう。

和貴が殺されたところには爺婆しか住んでいないから事件の目撃者に学生はいな

俺は誰にも和貴が撃たれた事を言っていない。



「あ、それは、、」


「本当にお前はド阿呆だな」

健一の首に一筋の冷や汗が滴るのを俺は見た。

疑念が確証へと変わっていく。


「分かったよ。お前には話すよ」


そう諦めた様に健一は肩を落とし、俯いたまま話し始めた。


「俺は和貴の親友だ」

まず健一からの一口目はその様な言葉だった。

「は?何を言っているんだ?お前は誰よりも和貴を恨んでただろ?」

俺は健一の言っている事が理解できない。

彼は続けて、

「喧嘩するほど仲が良いって言うだろ?俺と和貴は信頼し合っていたんだ。親友という言葉を持ち出したのだって和貴の方からなんだぜ?」


俯く健一の表情は見えない。でも俺はこの時直感的に気づいてしまったのだ。

彼は嘘をついていない。

それを覆い隠す様に、

「そんなわけない。だって、アイツの親友は、、俺のはずなんだ。」


声を絞り出す。

震えた声で、俯く健一に訴える。

俺の言っている事が事実なはずだ。

そう思い込んで、自分に言い聞かせて、落ち着く。


でも、健一はもう俺が弁明できないほどに追い討ちをかけた。

「でもお前和貴から親友、いや友達とさえ言われたことないだろ?」


「え、、」

困惑から出た吐息。そして、健一から気付かされた事実。

和貴との思い出が掘り起こされ、俺は頭が急激に熱くなった。


そうだった。彼のいう通り俺は一度も和貴から友達とさえ言われた事がなかったのだ。

「じゃあお前が和貴が撃たれた事を知ってたのは……」


「俺が和貴の妹の瑠璃子と知り合っていたからだ」

健一は硬直して動けない俺に瑠璃子とのLINEトークを見せる。


和貴が殺された翌朝の7時、和貴が殺された事を知らせる瑠璃子と"すぐ病院へ向かう"と返信する健一のトークが画面に映し出されていた。


「ま、マジかよ。俺でさえ和貴の病室で初めて彼の妹の存在を知ったのに」


「笑えるな!言っておくが、俺はお前より和貴が好きだし仲も良いんだ。

だから俺だって和貴を殺した犯人を恨んでいるんだぜ。お前よりも深く深くな」


手で目をゴシゴシ擦った後ようやく顔を上げた健一の目は赤く染まっていて、目尻が腫れている。


「なんだと?俺は誰よりも、、和貴のことが……」


「黙れ!復讐心に駆られ和貴自身のことなど何も気にも留めてないお前が和貴を好きなどと戯くな!」


俺が和貴を好きだと断言する前に憤慨した健一が口を挟む。

マッドくんに言われた事をここでも言われてしまった。

続けて彼は言う。

「そういうところなんだよ、須藤 學。和貴にとってお前はただの知り合いなのさ」


ゴミを見る様な目で、健一は俺を見下す。

俺は何も言い返せずに、ただ拳をギュッと握りしめ硬直するのみだ。


反論したかった。そんな事ないと信じたかった。

でも思い出のどこを振り返っても、健一の言葉の信憑性が増すばかりで、絶望の溝に叩き落とされる様な気分に襲われる。


「そうだったのか」

掠れた声で健一の言葉を肯定して、俺と和貴の幻の友情は破綻した。


「それで、お前まだ復讐劇を続けるのか?」


「あ、ああ。続けるよ」


「なんでだ?和貴とお前の友情がない事が分かったのに、、」


戸惑う健一。

彼は復讐劇を続けるとキッパリと言い切る俺に疑問をぶつける。

その答えは簡単だ。

「どうあれ、俺は和貴が大好きだからだよ。それが自分のエゴに繋がってることも分かってる。でも、俺は俺自身のことも大好きなんだ。だから俺は復讐をするんだ」


友情が無かったとしても俺の中の和貴の価値は変わらない。

和貴への愛があるからこそ生まれる彼を撃った犯人への憎悪。

その憎悪という感情を復讐という形で尊重し、鎮める自分への愛。



和貴と俺自身を愛している事を復讐という形で俺は表現する。


それを周りの奴らから白い目で見られても関係ない。

そんな俺の屁理屈を健一は納得した様に頷き、


「はあ、分かったよ。

なら一つ俺からも犯人探しのアドバイスでもあげるよ」


「え?がち?」


俺の犯人探しを肯定してくれたのだった。


続けて彼の口から出たのは少し信用ならない言葉だった。

「俺からあげられるアドバイス。

それは俺が犯人ではないって事だ」


「はあ?何じゃそりゃ。自己保身かよ」


「でも本当なんだぜ」


冗談めかしく言う健一に俺は嘆息。

でも健一が和貴を撃った犯人ではないアリバイが成立している訳だし、その事件の犯人ではないと言える。

和貴を撃った犯人として最も有力な候補はマッド君だ。

その疑いは今も変わっていない。


そして重要なのは健一が犯人ではないと断定できるのはその事件のみだという事だ。


俺は結論に迫る。

「恵美子さんに青酸入りの水筒を渡したのはお前なんじゃないのか?」


「俺はやってない」


俺が問い詰めた直後、真顔の割に大きな声で健一は反論した。

「そ、そうなのか、、」


思わず俺は健一の反論を肯定してしまった。

本能が警戒するほどの何かが健一にあったからだ。



健一にはアリバイがあるのに対し彼が犯人だと断定できる証拠は何もない。


健一が実は和貴と仲が良かった事から、彼がお見舞いに行った事も納得できる。


だから、健一を一連の犯人だと疑うのは間違っているだろう。


でも、俺にはまだやっていない事があった。


「本当に、ごめん」


独り言の様に呟いて俺は健一の手に握られているスマホを奪い取った。


「それで、いいんだ」

健一は寂しそうな目で微笑んで、誰にも聞こえないほど小さな声でそう言った。


俺はスマホの電源を切らない様に気を付けながら体育館に隣接しているトイレの個室に入り込む。

無事スマホ奪還に成功だ。

健一は何故か追ってこない。



健一には和貴を撃ってないアリバイがある。

犯行動機もさっき消えてしまった。

対してマッド君はお互いを常に恨みあっているリーゼント組に属していて、健一の様な特殊な事情もない。和貴への犯行動機がある。さらに事件当日に早退していた。

問い詰めるべき相手は間違っているだろう。

でも、論理では説明できない直感的な部分で、健一を疑っている。


だから自分勝手な事をした。

悪い事をした。でもそんなのどうでもいい。

良い人間なんかに俺は興味がなかったのだ。

俺の予定としては、1.DMのメッセージ検索機能で銃、ベレッタ ナノ(刑事さんからのdmによる和貴を撃った銃の種類の断定)、青酸カリ、青酸と言う単語を調べる。

健一は和貴を撃ってないから銃については調べる必要がないのだが、一応だった。


2.そこで情報を得られなかったら、健一のスマホのあらゆるショッピングアプリの購入履歴を閲覧し、情報を得る。

かなり脳筋な作戦だが、1番効率よく情報を得られるであろう。


トイレに篭って30秒ほど経った後、俺は個室のドアに手を掛ける。

ドアを開けると諦めた様な面持ちの健一の姿が目に映った。

俺は健一の後ろに回り込み、彼をトイレの個室へと蹴り飛ばす。



「いてて」

衝突した便器から離れた健一。

俺は拳を握りしめる。

そして、俺の方に向いた健一の顔を思いっきりぶん殴った。

鈍い音が鳴り響き、便器の蓋に倒れ込む健一。

彼の頭を足で踏みつけ、リュックに入っていた包丁を取り出す。

「あ、ちょっ」


自分のスマホを奪われて怒る隙さえ与えず俺は健一の背中に峰打ちを食らわす。


健一の悶え苦しむ声を聞くと背中が凍る様な痺れと、今まで味わった事のない興奮を覚える。


「今度は刺すよー」


悲鳴を上げ続ける健一に抑揚のない声で伝えて包丁を上へあげる。


まずは腕を刺す予定だった。

俺は快感に夢中になっていた。

健一に包丁を振り落とす、その時だった。

「おい!お前何やってんだ!」

トイレの入り口から声が聞こえて、俺は思わず振り落とそうとした手を止めてしまった。

声の正体はマッド君だった。

「なんでマッド君がここに?放課後お前の家で集合のはずじゃ、、」


「健一から体育館裏で俺らを見張っててくれってdmが来たんだ」


マッド君は俺を不審な目で見る。

「俺はお前に制裁を受けるつもりはない。警察に自白して全て終わらせる。」

俺の足で踏みつけられている健一はそう言った。

直後、トイレに入ったマッド君は俺を取り押さえ、健一を自由にする。

俺はマッド君に羽交い締めにされ、身動きが取れない。

「離せよ」


「お前まで殺人犯になって良いのか?」


「離してくれよ」


全力で暴れながら懇願する俺。

マッド君はそんな俺の要望を聞いてくれない。


トイレから逃げる為に健一は俺らの前を横切ろうとした。

しかしマッド君が俺を羽交い締めしたまま足遣いのみで健一をころばせる。

「お前が目覚める時にはもう全部終わっているだろうよ」

そう俺に言い残し、マッド君は俺を離した。


俺は自由になった身体を健一へ向けて走らせようとする。

しかし、身体を動かした直後、肩に重い衝撃を受けて俺は地面に突っ伏した。

マッド君のチョップだった。

流石毎日の様にリーゼント組で喧嘩してるだけありマッド君は強かった。

意識が朦朧とする。

今が1番良い時間なのに。犯人へ復讐できる最高の時間なのに。

こんな野郎に足止めをされるのか。

悔しさ、憎しみ、そして絶望が俺の涙となり、床に這いつくばったまま健一を睨む。


涙しか流せない、アイツを睨むことしかできない俺。

微動だにしない身体は深い眠りへと入っていく。

復讐を遂げる、犯人の次のターゲットになりかねない瑠璃子の安全を守る、眠り続ける和貴の側にいる、などやらなければならない事は沢山あった。

しかし、意志だけではどうにもできない大きな力に圧倒され、臭いトイレの床で俺は意識を失った。

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