第4話

15:12

電話を早々に終え、和貴の眠る病院へ向かう。

相変わらずの曇り空。


暗い路地をひたすらに進む。

「つ、着いた」

健一が病室に来てたらしい事。そして恵美子さんが亡くなってしまったと言う事。

全てこの病院で真相が分かる。

和貴の病室に足を運ぶ。まさか彼まで死んでいたらどうしよう。

不安で手の先が痛い。あまり柔軟に動けない。

不安に押しつぶされそうな気分の中で頭に一つの閃光が走った。

それはあまりに大きな衝撃を伴い、醜い事実だった。

無意識に今まで胸のうちに溜め込んでいたそれは脳天を閃光として射抜く。


「和貴!好きだぁ」


俺が恋をしていたのは瑠璃子ではなく和貴だったという事実。


「マジかよ俺」

無意識のうちに口にしていた言葉に冷や汗をかく。こんな時に恋心に目覚めるなんてどうかしている。

しかも相手は和貴。

でも俺はとてもスッキリしていた。

胸のつっかえが取れた気がしたのだ。

そんなことを考えているうちに和貴の病室の前に着く。


「和貴、入るぞ」


きっと彼に届いてほしいと思いながら言って、俺は病室のドアを開けた。

ベッドの上を見てまず俺は一安心。和貴は何事もない様に横になっている。目を覚ましてくれているわけでもないけど。


「心拍数にも異常なし、、か。ガチ良かったわ」


和貴の無事を確認したあと、俺は病室に誰もいないことに気付く。

ずっと和貴の横で寄り添ってた恵美子さんがいない。

それはまるで彼女が殺されたことを裏付ける様に。


「と、とりあえず瑠璃子に電話だ」

スマホをズボンのポケットから取り出して瑠璃子に電話をかける。


「もしもし」

無気力でだらしのない声が電話越しに響く。

「瑠璃子!?今この病院の何号室にいる?」


「102」


「い、今すぐ行く」

その俺の言葉への返事は無く、電話は切れた。


瑠璃子は今精神的に危ない。

危険信号が頭の中でマックスに鳴り響く。

「早く目覚めろよ」と和貴に言った後、気を引き締めて瑠璃子がいる病室に向かう。

「部屋に入るよ」

そう言って病室のドアを開けた。

窓際に設置されてあるベット。

その隣にあるモニター。

窓には白いカーテンが掛けられていて、そのカーテンを透かして暗い灰色の光が病室に届いている。

ここまでは和貴の部屋と何一つ変わらない。

でも、相違点はおぞましいほどに沢山ある。

ベットの上に仰向けの状態の恵美子さん。青白くなってしまった肌。

安らかな表情からは意志、というか恵美子そのものが抜け落ちたようで。

モニターの心電図は横に緑色の直線が伸びていて、HR“0”の文字が嫌なくらいに強調されていた。

恵美子さんのベットの椅子で唖然となっている瑠璃子。その横で恵美子さんを見下ろす白い衣服を着た老人。

人が死んだ時特有のその空気に、さっきまであった威勢が絶望へと変わっていく。

「この方の親族の方ですか?」


「はあ…?」

目の前の光景による絶望で脳のストレージが限界の俺に老人は問いかける。

全く追いつけない俺に代わって瑠璃子の口が開いた。

「この人は私の彼氏です」


「そうでしたか。ご愁傷様です。本日、14:27に槇原恵美子様の死亡が確認されました」


俺の方を向いて老人は力なく話した。


老人の言葉を理解できるほどには落ち着いた俺。

恵美子さんも事件の渦に巻き込まれてしまった。

そこで一つ気になることがある。

「すみません。死亡理由をお聞きしても良いですか?」


「はい。先程検査した結果恵美子様の体内から青酸カリの反応が御座いました」


「青酸カリ?!」


聞き馴染みのない単語に戸惑う俺だが、それが有毒性のある化学物質である事は理解できた。


「そして、恵美子様が死体の状態で発見された際、恵美子様の側に転がっていた水筒の麦茶に濃厚な青酸カリが含まれていました」



老人は淡々と喋るだけで感情の起伏が全くない。

死、特有の空気。


瑠璃子が嗚咽混じりに泣いてるから俺は彼女の手を握った。

瑠璃子は震える手で握り返してくれた。

俺は考えていた。

健一が和貴の病室に来てたらしい事。その時に青酸カリの入った水筒を恵美子さんに渡したのだろうか。

その説が最も濃厚な線だ。

この説に基づき、今回の事件、健一が関わってる可能性が限りなく高い。

マッド君が犯人だと信じ切っていたが見当はずれだったらしい。

また、健一を一連の犯人だと断定してしまう形になるが、彼の犯行には闇から突然刃物が突き出てくるような怖さがある。

そしてその刃物の次の標的があるのだとしたら、

「唐突にこんな事言ってすまないが瑠璃子、お前は健一に命を狙われている」

そう断定できるのだ。


「え、どうして?」


「今回の2度の事件で槇原家が標的だと疑わざるを得ない。どんな手かは知らんが健一はお前の命を奪いにくる可能性がある」

 

あくまで可能性の話だ。和貴と恵美子さんの2人のみが犯行の標的かもしれない。

実際、瑠璃子が犯行の標的になる可能性は五分五分といったところだ。

それでも瑠璃子が殺される可能性がある限り油断は禁物だ。

「だから、お前はもう俺と犯人探しをしなくていい」


「……は?何言ってんの?」


「今までごめん。もう俺1人でやる。健一と会ってくる」

1番犯人として違和感がなくて、犯行動機があって、恵美子さんに犯行を行う事のできる状況が揃っている人物、健一。

アイツに会えれば、、、。

「じゃあそーゆーことで」


「待ってよ!ガク!」

戸惑う瑠璃子を無視して俺は病室のドアに手を掛けた。

開けて、外に出て、閉める。そしてドアに寄りかかって、俺は満面の笑みを浮かべた。


「あ、あははは。こんなに早くも復讐ができるかもしれない」

和貴が撃たれてまだ僅か22時間ほど。

俺は早々に病院を後にした。

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