第3話
13:32
和貴の眠る部屋に入るのにはかなりの勇気が必要だった。
もしかしたら、、恵美子さんに何かされているかもしれない。
疑いたくなくても恵美子さんは立派な有力犯人候補だから心配はしてしまう。
固唾を呑みながら横開きの部屋の扉を開けた。
「和貴!!」
名前を叫ぶ。視界に和貴の眠っていたベットが映る。
ベットにあったのは、、、。
相変わらず眠っている和貴の姿だった。
そしてその姿をベットの側の椅子で眺めていた恵美子さんはいきなり部屋に入ってきた俺と瑠璃子の姿に跳ね上がって驚いた。
「あなたたち、、」
そう呟く恵美子さんを無視して和貴の鼓動を確かめる。
弱々しく、でも規則的に打つ心臓の音。
「生きてる、、、」
掠れた声で呟いた後、俺は腰から下に力が入らなくなり、地面に尻餅をつく。
そんな俺の背中を優しく瑠璃子がさする。
「恵美子さんは和貴に何もしなかった!犯人じゃ、、なくね?」
瑠璃子に顔を上げて笑顔で語りかける。
なんてバカで、単純な結論。
だが、俺にとっては何より大きな希望だった。
「信じても、、良いのかな?」
瑠璃子は何か引っ掛かるような物言いでそう言った。
「え、、」
「いっときの感情に任せてこんな結論に至るのは、、良くない気がする」
極めて公平な立場でそう言った瑠璃子。彼女の覚悟を感じる。
「アリバイ、、確認しているないしな」
冷静になる俺。
「母さん、私たちは貴方を和貴を撃った犯人なのではと疑ってるの」
「、、うん」
恵美子さんは全てを察した様子だった。
彼女が和貴に悪口ばかり言ってた事を俺に知られた事など。
それが原因で怪しまれてることも。
「昨日の午後5時頃、何してた?」
ガラスのように硬い声色で瑠璃子は問う。
「スーパーに買い出しよ」
「じゃあその時のレシートがあるんじゃない?」
証拠のない言葉などただの妄言、という冷たい理論で恵美子さんを問い詰める瑠璃子。
だが、
「これのこと?」
うすら笑みを浮かべて恵美子さんは瑠璃子にレシートを差し出す。
「あ、、」
思わず感嘆の声が漏れる瑠璃子。
大根や鶏肉、卵の明細がズラリと並んでいる。
そして、一番下の端の欄に、
2018:⅚.17:23と書かれている。
「昨日事件発生と大体同じ時刻に発行されたレシートだ、、かなり信用できるアリバイじゃない?」
興奮しながら瑠璃子に問う俺。
「そうみたいね、、!母さんは犯人じゃない!」
瑠璃子は満面の笑みで俺に同意する。
「もちろん!私は和貴を愛してますよ」
恵美子さんは安心した様に微笑んでみせた。
なぜだろうか、、俺にはその笑顔がぎこちない様に見えたのだった。それが和貴の母としての性から来るものなのか、それとも他に理由があるのか、そこまでは俺にもわからなかった。
「恵美子さんが犯人じゃなくて本当に良かった、、、。じゃあ、犯人はアイツで決まりだな?」
「ええ、早く行きましょうよ」
瑠璃子と俺の2人、同じ人物を頭に思い浮かべてニンマリと笑顔をつくる。
「じゃあそういう訳だから恵美子バアさん」
「和貴ちゃんと見といてね!」
「、、、任せといて」
唐突に別れを告げる2人に戸惑う様子もなく恵美子さんは元気いっぱい"任せといて"と言った。
俺らがこれから何をするのか分かっているかの様にだ。
任せといて、と言った時の恵美子さんの笑顔はやっぱりぎこちなくて、底知れぬ不気味さを醸し出していた。
でもあくまでこれは気のせいだ。そう思って瑠璃子と病室を出た。
俺と瑠璃子が病室を出たあと、
「あ、、瑠璃子とガクに健一君がお見舞いに来てくれた事伝え忘れちゃったわ」
かなりの失態を口にする恵美子さん。
その時に撮った写真をLINEで瑠璃子に送ってあげようかと思ってトートバッグからスマホを探す。
その時、
「ん?」
恵美子さんは自分のトートバッグの中身を見て首を傾げた。
「あら?私和貴の水筒なんて持ってきたかしら?」
和貴が病院に運ばれた事で頭がいっぱいだった恵美子さんは家を出る前の記憶が曖昧だ。
だが、確かにトートバッグにある水筒。
眠っている和貴。
恵美子さんはその水筒を・・・。
13:55
病院を小走りに出て、俺らは学校へ向かう。
マッドサイエンティストの住所を掴む絶好の場所だからだ。
学校に着いて、敷地内へ入ろうとするが、瑠璃子がついて来ない。
「どうした?」
「私ここで待ってる」
瑠璃子はそう校門の前で宣言する。
「他校の生徒だから入っちゃいけないなんて今は考えなくていいだろ」
「いや、私は犯人探しで他人に迷惑はかけたくないわ。アンタのエゴだしね」
頑固、俺についていく事を拒否する瑠璃子。
「あぁ、でも、、、」
なんだか不安な気分になり、瑠璃子を連れて行こうとする。
「ガク君、私はずっとここで待ってるから!安心して行ってきて!!」
そんな俺の背中を元気一杯に瑠璃子は叩いた。
「おし!分かった!行ってくる!」
「愛してるわ」
背後に瑠璃子の想いを感じながら、俺は自分の教室へと向かった。
教室のドアを勢いよく開けて中に入り込む。
教室の中には生徒十五名がそれぞれ授業の内容も聞かず好き勝手にしていた。
そんな生徒らの視線が俺に集まる。
が、俺はマッドサイエンティストの方に一直線に向かっていく。
そして彼の目の前で、彼を見下しながら、
「おいお前!和貴を殺した犯人、、お前か?!」
とがなり立てる。
そこに、、
「ガク君じゃないか?!今まで何してたんだ全く!欠席の連絡もせずに!」
担任が俺に詰め寄ってきた。
「んな事どーでも良いんだよぉ!」
鬱陶しいにも程がある。
担任を睨みつける俺にマッドサイエンティストは質問した。
「何で俺?」
「お前昨日早退しただろ?早退して何やってたんだ?」
俺はマッドサイエンティストの方へ向き直り詰め寄る。
俺はもう犯人候補をマッド君1人に絞っていた。
彼が犯人だと信じてる。
「病院に行ってたぜ!俺甲状腺の病気で成長ホルモンが分泌されないんだ。だから薬貰わないと知能レベルが致命的に落ちる!」
自分のアリバイを熱烈に語るマッド君。
「証拠出せ」
全く彼を信用していない俺は確信を得られる物を欲する。
「え、は?お前に証拠出して何になるん?早退したからって俺を犯人として疑うとかアホがすぎるね!」
俺をバカにする様な目つきで見てくるマッド野郎。
「早退+日常的に和貴と喧嘩しているメンバーの1人、、疑わない訳ないじゃない」
と問い詰める。
が、その言葉を粉砕するようにマッド君は続けて言う。
「大体にしてさぁ、なんでお前が犯人捜ししてんの?和貴の親友だからってしゃしゃんな」
「たしかに」
「流石妄想の友達」
その野次馬でクラス全員が一斉に笑い出す。
和貴はクラスメイトに"妄想"と時々呼ばれていた。
それ名前か?と思うほどあだ名として歪だが、和貴にはぴったりの名前だと皆が言う。
どんな行動をすればそんなあだ名が付けられるのか疑問になるだろう。
だが、俺にも少し和貴がそう呼ばれる原因であろう節を見てきたからどうしても"妄想"というあだ名を否定できずにいた。
しかし今は俺の腹の虫が治らない。クラスメイトの和貴をバカにした発言も許せなくて、
「う、うるせえ」と虚勢を張る。
虚勢になってしまったのは、、
「テメェの犯人捜しと言う名の欺瞞に俺を巻き込むなよ!ていうか妄想の親友なら彼のそばにずっと寄り添ってあげていろよ!
行動が一々キモいんだよ」
こんな風にマッド野郎の発言が全部正論だからなのだろう。
全部警察に任せておけばいい。
本当ならあの刑事さんに事情を話していればよかった。
犯人の標的が和貴だけとは限らないのだ。
危険な犯人は今もウヨウヨとこの日本のどこかに潜んでいる。
自分で犯人を見つけたいから、、見つけられる確証はないのに自分の意地で俺は刑事さんを突っぱねたのだ。
和貴を1番よく知っている俺なら刑事さんに協力できたはずなのに。
これでもし、また他の被害者が出てしまったら、ある意味俺は殺人鬼だ。
そして和貴の家族である点で、瑠璃子の命も危ない。
大切な人の命をリスクに賭けてまでやらなければいけないのか、復讐。
大切な人のそばに居てやらなくて良いのか?
「お、俺は、、」
何をすれば良い?
和貴は殺されかけた。その憎悪からくる復讐の為だけに今俺の身体は動いている。
でも、まだ和貴が死んだわけじゃない。
ならば、、
「病院で眠る和貴の手を握ってやろう。そう思えれば良いんだけどなぁ」
「……それでもお前は、、」
「それでも、、復讐しようという俺の決意は変わらない!無理なんだ、、この殺意を抑えるのなんて敵わない。
正直それしか考えられないよ。
犯人をこの手で絞め殺す。包丁で全身を切断して、砕いて砕いて砕いて、その後、俺は初めて和貴のそばで寄り添ってあげようと思える。
思考が自然と復讐へと向かった。かろうじて息をする和貴を見て、犯人への憎悪を報いたいと思ってしまった。
勿論彼の生を願ったのも確かだ。でも、復讐を果たす願いには、敵わなかったんだ。これが俺の本性さ」
溢れ出す言葉は狂気を纏い、禍々しいほどに強大な欲望を宿している。
「……!!分かったよ、、放課後、ウチこいよ。別に白状するわけじゃねーぞ?」
「よし!」
「それと、、今日健一は和貴のお見舞いに行くと言って休んでいる。」
「……え?」
「この情報は役に立つんじゃないか?まあ今言えんのはこのくらいだ」
マッド君の言っている事に驚愕する俺。
健一が和貴の病室に?
ただのお見舞いか?あんなに和貴を恨んでいた健一が?
俺と瑠璃子がデートで病院を抜けている間に健一は病室に行ったのだろうか。それとも今彼は和貴の病室に、、。
なんとなく不安になった俺は急いで教室を出た。
「おい!ガク君お前どこ行くつもりだ」
と教師は怒鳴るが、心の中で謝罪をして瑠璃子の元へ向かう。
また、結果的に教師に対して終始失礼な態度を取ってしまったのは心が傷んだが、それにかまけているほどの余裕はない。
並んでいる教室から冷たい視線を感じながら廊下を全力疾走し、階段を飛び降り、下駄箱を抜ける。
瑠璃子が待っているはずの校門が目に映る。
校門の碑石に彼女は寄りかかって俺を学校へ送っていった。
しかしその景色に違和感があるのだ。
校門に近づく。近づけば近づくほど、違和感は肥大化していく。
そして、違和感は現実となった。
「る、瑠璃子が、、いない」
校門周辺を走り回り、「瑠璃子戻ったぞ」と叫んでも、彼女の気配は皆無だ。
「え、、、」
そんな現状に驚愕の声が漏れる。
頭が壊れそうなほど熱くなり、脚と手はこれでもかと言うほど震える。
が、「あ、電話に出るかも、、」
そう思いつきLINEの一番上のトークから電話を繋げる。
高鳴る心臓を抑え、瑠璃子が電話に出るのを待つ。
数十秒後、
「ガク君心配掛けてごめん!」
たしかな瑠璃子の声が携帯から響いた。
その声を聞いて俺は膝から崩れ落ちてしまった。
「良かった。生きてた」
ちょっと大袈裟かもしれないけどこれ以上ないほどの安堵感だった。
でも、
「あのね、ガク君」
「え、なに?」
その次に瑠璃子が発する言葉はその安堵感を打ち砕くのに十分な破壊力があって、、、。
「お母さんが死んだわ」
消え入りそうな、震えた声で彼女は恵美子さんの死を告げた。
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