第2話
午前2:00
「ねぇガク?」
「どうしたの?」
動かない和貴を見守り続けて3時間ほど経った頃の事だ。
泣き疲れて和貴に覆い被さったまま眠りについた彼の母。
それによって静かになった部屋で瑠璃子は沈黙を破った。
「今日、デートに行かない?」
瑠璃子は泣きそうな顔で、俺を見つめる。
この状況の中でデートに行くなど和貴の姉として正気の沙汰ではない。
だが、
彼女は今にも泣きそうだ。眉を顰め、歯を食いしばり、全身をカタカタと震わせている。
その様子は、和貴が死に際で救い様がない状況から逃げ出したいという心情の現れだ。
そう捉えた上で、俺はすぐに瑠璃子の誘いに応えられなかった。断れなかったのだ。
分かっている。最低だ。今ここで誘いに乗るのは、なんだか和貴の今の状況から目を逸らす様で、それは到底許せる事じゃない。
でも瑠璃子から事情聴取したいということもあり、
「いいぜ。デートに行こう」
俺は誘いに乗ることにした。
13:00
大宮:曇り
「大宮駅到着っと」
大宮駅東口の階段を降りた所にあるラーメン屋の扉の横。
恒例の俺と瑠璃子が会う集合場所に辿り着く。
一旦家に帰ってシャワーを浴びると言い、俺より先に病院を出た瑠璃子。
Lineによるともうそろそろ来るはずである。
ここの集合場所に来る前俺が何をしていたかと言うと、、、。
あの廃墟に足を運んでいた。もちろんそうだ。和貴が撃たれて倒れこんだ場所だ。
廃墟の敷地の外側に立ち入り禁止のテープが貼られていて、それが不気味な廃墟に良く似合っている。
ふと和貴が撃たれて倒れこんだ場所に目をやると、廃墟の敷地に生えている草にあった血痕が消えていた。
捜査は進んでいるのだと実感する。
現場鑑定活動、科学捜査、聞き込み、彼ら警察は様々な視点から捜査している筈だ。
悠長にしてる場合じゃない。俺のこの手で和貴を撃った犯人に制裁を与えるのだ。
そう決意を改めて、張ってあるテープを越える。
事件の証拠となりそうなもの、それも俺にしか分からない様なものがあるかもしれない。
この目で撃たれているところを見たと言うこともあるが、その前に俺は和貴の親友なのだ。
テープをまたぎ敷地内に足を踏み入れる。雑草の感触が足を伝い、”ザッ”と音が辺りに良く響いた。
その時のことだ。
「貴様!立ち入り禁止のテープが見えぬのか?逮捕するzo!!、、 」
茶色のコートを纏い、そのうち側に紺の礼服を着て、頭皮さえ虚しく、メタボの典型とでも言おうか、、。
まあ、目暮警部や大石蔵人、銭形警部の様な、、典型的な刑事キャラが俺の背後で仁王立ちしていた。
「知らねーよ」
そう言ってさらに奥に突き進む。
付き合ってられない。
というかあんたら警察は俺の敵だ。
構うものか。
「おい!今あそこ行ってもなんもないで!?事情なら説明してやっから!」
慌てた様子で俺の手を掴むメタボ中年。
とりあえず冷静になり敷地内から身を引く。
「だいたい貴方様は何者なのでしょうか?」
「おぉー、俺はー、こういうものだ」
質問する俺にメタボ中年はコートから警察手帳のようなものを取り出す。
大門警察署の警部、石原敏志(いしはらさとし)というらしい。
警察なら都合がいいと、俺は和貴の撃たれた現場にどんなものがあったのか、聞いてみる。
が、
「何も、無かった。今回の事件に繋がりそうなもの、というか。情報自体、本当に何も残されていなかった。」
そう情けなさそうな声で言っている。
「……」
「まあだから、足跡鑑定に頼るほかねえやな。現在鑑定の方が進んでる」
「なるほど、、、」
足跡鑑定についてはあまり詳しくはないのだが、この鑑定で犯人が特定される可能性はかなり高いだろう。
老朽化が進んだ廃墟では足跡も少ないはずだ。
犯人の足跡はよく目立つだろう。
犯人の逮捕はもうすぐそこまで来ているのかもしれない。
つまり、俺が犯人を特定する時間はかなり限られている。
「今判ったことを話そう。犯人の銃で被害者の頭は掠られたらしい。弾がアスファルトに叩きつけられていたよ。掠る、と言っても相当な腕前だな」
渋い顔で語る刑事に俺は唇を噛む。
「進んでるんですね捜査。まだ一日も経っていないのに、、」
「まーここまで判ったって何にもならねえ。捜査は停滞中だ。」
苦い現状を吐き出す刑事。
「ところでおまえさん、被害者の槇原和貴とどんな関係だ?」
少し先ほどと話す雰囲気の変わる刑事。
「まあ、親友です。彼がいなくなるかもなんて、まだ実感できないんですよね。ずっと一緒でしたから」
昔を思い返す様に空を見上げ静かに呟く。
「まあそうだろうな、親友か、しっくりくる」
刑事は深く頷く。確かな貫禄がそこにあった。
「はは、どういうことです?」
「いやー、アンタずっと泣いてるから」
脆くてすぐ消えてしまいそうな苦笑いを浮かべて刑事は言った。
「泣いてる、、いい表現ですね」
それが目から溢れ出す涙である事を示す表現ではなく、、、。
彼、刑事が見ている先は俺の固く握られた拳から流れる血液だった。
この血液が象徴する憎悪は犯人だけじゃなく、犯人を牢屋に連れ去ろうとする警察にも向けられているんだぞ、と言ってやりたがったが、その気持ちは胸に抑えておいた。
「犯人に心当たりはあるか?それもヤクザ関連の、、」
刑事が聞いてくる。
「はは、どうでしょう」
教えるわけがない。答えはぼかしておいた。
「この後予定あるんで失礼しますね」
ほんで、もうこれ以上刑事さんから有効な情報は得られないと感じた俺は瑠璃子との集合場所に移動、、しようとしたのだが。
「待て、連絡先交換しないか?LINE とかいうやつ。何か分かれば情報を伝え合おう」
「え、はい!okです!」
思わぬ宝に舌を巻く。
拙い動きで刑事さんはline のQR コードを見せた。
スマホで読み取り、、
「はい、、交換できました」
俺は一人強大な情報源を入手した。
瑠璃子から教わったメンヘラアプリがこんな所で役に立つとは思わなかった。
……とまあ、これが瑠璃子との待ち合わせ以前に俺がしていたことだ。
そして集合場所で待つこと2分後に、
「お待たせ」
少しオシャレした瑠璃子が駅の階段から降りてきた。紺色のワンピースを着ている。
俺は病院から直行なので、今、オシャレどころか制服姿である。
「よし、行くか」
感情のこもっていない声で言った。
デートを楽しむなんてできるわけがなかった。
瑠璃子との今日のデートプランはいつも通り大宮駅周辺をぷらぷらと歩くだけだ。
沢山瑠璃子と話ができる。
「まず最初に聞くけどさ、和貴を嫌ってる人とか、、その、今回の事件に関係ありそうな人物って、いたのか?」
駅から歩き出したのと同時に話題を切り出す。
「早速その話題なのね」
「ああ、文句ねえだろ?」
瑠璃子だって今回のデートをいつも通り過ごすつもりは無いはずだ。明確な意思が彼女の瞳に宿っている。
「……はぁ。お母さんは、いつも和貴の陰口ばかり言ってたわ。1番怪まれておかしくない」
渋々話し始めた瑠璃子。
俯く彼女の声は、瞳に宿る強い意志とは対照的にどこか弱々しく見えた。
「でもあの人さっきずっと泣いてたぜ」
俺的には和貴と瑠璃子の母、たしか恵美子さんが犯人だとは思えなかった。
彼女の流したあの涙が演技によるものだとは信じられない。
「母さん以外には私に心当たりがないわ」
そう少し俯いた瑠璃子。
信じ難くとも、悪口の内容によっては母も疑わざるを得ない。「どんな和貴の陰口を言ってたんだ?」
「えっと、ヤンキーになった和貴の悪口ね。どんな育て方をしたらあんな風な男になるのだと親戚に白い目で見られてる事が気に障るみたいで、、、、」
「なるほどな、、、」
「お母さんが犯人だったらどうしよう」
身体を震わせている瑠璃子。ポロポロと彼女から涙が伝い落ちる。今まで俺に気をつかって私情を抑えていた瑠璃子からポツリと出た本音だった。俺の手をぎゅっと握る瑠璃子を見て、彼女が今までどれだけ自分の感じてきた恐怖や焦燥感を吐き出さないよう頑張ってきたのかが分かった。
兄を殺されたのだ。しかもそれが瑠璃子のお母さんかもしれない。1番辛いのは明らかに瑠璃子だった。
だから精一杯の慰めの言葉をかけてやる。
「俺がいるから大丈夫!絶対に見つけようぜ!犯人を」ーー俺らが直接犯人に制裁を与える為にーー。
「……うん」
俺はぎゅっと瑠璃子の震える手を握り返したのだった。
「話を戻すけど、、瑠璃子の話を聞いて和貴の母である恵美子さんが犯人である説は濃厚になった。
だが、恵美子さんのあの涙が嘘だとは信じられないんだ。
恵美子犯人説は取り敢えず保留でいいか?」
「わ、分かったわ。他に当てはあるの?」
俺の顔を見て聞いてくる瑠璃子。
「まずはお前だ瑠璃子!君が犯人の可能性は和貴との関係性だけ見れば高いぞ」
「え、、私を疑うなんて酷いわ」
「なんか胡散臭いな」
意表をつかれたらしい瑠璃子。
軽いツッコミを交えつつ彼女が犯人でない証拠をかき集めていく。
「ところで昨日どこ行ってた?」
「んーと、塾に行ってたわよ?」
「証拠は?」
「証拠?!なんか冷徹ー。そういうの信用されてないみたいで結構傷つくのよ?」
「頼むよ、、愛してるから!瑠璃子」
「今の言葉録音すれば良かった、、」
何だか勿体ぶる瑠璃子に俺はキザったいことを言う。
彼女は仕方ないと言ったふうに肩を落とし、白いバッグの中をゴソゴソと漁り始めた。
そして、
「はいこれで良い?」
そう言って差し渡されたのは彼女のスマホであり、そこに表示されてたのは二次関数のグラフと謎の数式の記された黒板を映したビデオだ。
画面には映っていないが講師と思われる男の声も聞こえる。
ここ今回のテスト範囲だ、とだけ俺にも理解できた。別の学校でも偏差値がほぼ同じ学校なので俺と瑠璃子の学校のテスト範囲はよくかぶるのだ。
という事で最近撮ったものに違いないと俺は実感できる。
極め付けは昨日15:55分とビデオの情報が記されていることだ。揺るぎない証拠である。
だが俺には素朴な疑問があった。
「なんでこんなビデオ持っとるん?」
「ノートに書くの面倒臭くて」
「だから瑠璃子成績わりーんだよ」
「う、うるさい!こんなビデオ見せなきゃ良かった」
余計な感想を口にする俺に瑠璃子は恥ずかしそうに俯く。
「えー!イジれるもんはイジっとかないと!」
「へぇ。そうやってドS系彼氏やってる俺かっけーとか思ってるアンタも見ものよね」
「きっつ」
瑠璃子の言葉に俺の視界がクラクラとする。
精神的に廃れる言葉を吐く天才瑠璃子に喧嘩を売るのはもう止めようとこの時思った。
ともかく、まだ分からないけど、取り敢えず瑠璃子は信用できそうだ。
「わかった!オッケー!俺信じるよ瑠璃子の事」
「ふーん?
私の事好き?」
「お、おう」
「若干引き気味なの腹立つ」
今の言動からは想像つかないかもしれないが瑠璃子は一生懸命可愛くあろうとしている。
それは今俺が瑠璃子を追い詰めた事で彼女としての立場に不安を感じたからだろう。
そんな"彼女"として完璧だと思える瑠璃子に照れてうまく応えられない俺は、
「まったく、、彼氏失格ね」
そう拗ねた顔で文句を言われて当然だった。
「で、あんたのアリバイはなんなのよ?」
「え、俺のアリバイ?」
「私に並んで和貴の犯人として怪しまれて当然でしょ?」
「た、たしかに」
俺の身の毛が一気によだつ。
まさか俺に犯人としての怪しまれる矛先が向くと思っていなかったからだ。馬鹿である。
「アリバイ、、ない。俺はこの目で見たんだ。和貴が撃たれるその瞬間を」
「怪しすぎるわね、、、」
「…………」
犯人として疑いようのない俺は黙るしかない。
これで冤罪をかけられ逮捕される可能性だって否めないのだ。
それより恐ろしいのは、瑠璃子に信用されない可能性がある事だ。
そう思った矢先、、
「でも私はアンタが和貴を撃ったとは思ってない」
「どうして?」
「うーん、、、、アンタが好きだから?かな」
「え、、」
瑠璃子の信用が損なわれるかもしれない、、、、そう思った矢先に俺は思い知らされた。
瑠璃子の俺への愛情が彼女の俺への信頼を築いてくれたのだと。
瑠璃子は続けて言う。
「私はアンタが好き。だからアンタのことは誰よりも知ってる自信がある。
どんなアンタの挙動も見逃しはしない。
アンタは和貴を殺してない」
瑠璃子の目には確かな自信と強い意志がこもっている。
「でも、殺していない確証がないと、世間はアンタを追い詰めるかもしれないわ。アンタは和貴の唯一の友達なんだし」
「なるほどな、、、。
とりあえず瑠璃子よ。俺を信じてくれてありがとな。正直お前が俺を信じてくれるなら逮捕されたって構わない。
俺のアリバイ工作に時間をかけるより、和貴を撃った犯人を一刻も早く見つけ出す方が有意義だと思ってる」
「へぇ。そうなの。でもアリバイは作っておいて。私のために」
視線を下に移し髪をいじる瑠璃子。
俺という存在が瑠璃子のためになっていると思うとなんだか嬉しい気がした。
「で?犯人に見当はあるわけ?」
「俺の知る限りあの和貴を恨んでいるのはリーゼント組の4人だな」
「そういうグループがあったのね、、和貴からは一度も話してくれなかった」
瑠璃子は悔しそうに表情を歪ませる。
「お前に心配かけたくなかったんだろー」
「そんなにヤバいグループなの?」
ぐったり肩を落とす瑠璃子。
「割と毎日そのグループ内で喧嘩してたよ」
「マジか、、、」
和貴はたしかに喧嘩ばかりしている。それも殴り合いだ。
だが、見ず知らずの人には喧嘩をうってないらしい和貴。
そも、恥ずかしそうに和貴は、喧嘩してるのはリーゼント組の中だけだと話してた事があった。
つまり、和貴に親戚との付き合いがない事も考慮すると、彼を恨んでいる可能性がある人間は、彼の母、金髪、野球野郎、眼鏡野郎、マッドサイエンティストの5人だ。
あの中の誰かが和貴を殺そうとした、、と考えるのが妥当だろう。
特に和貴を過剰に恨んでいたのは金髪だったな。
「あの金髪の名はたしか、、、健一だ」
「ん?」
自分の中でできた推論の断片を口に出す俺。
もちろん唐突に知らない男の名前を言う俺に瑠璃子は首を傾げるしかない。
「リーゼント組の中で和貴を1番恨んでる奴の名だ」
「つまり1番怪しいってことね!」
「ま、そうなるな」
「ただ和貴が殺される直前の教室にいたリーゼント組は誰だったの?それによっては、アリバイがある点で話が変わってくるんじゃない?」
「たしかに」
和貴が殺される直前、、か。
たしか、、、。
必死に俺は記憶を辿る。
「えっと、、まずホームルームが終わり、和貴は間も無く教室を出た。その後彼が廃墟で撃たれたと考えると、和貴より先に教室を出て、彼を先回りして廃墟で待ち伏せていた野郎が居るはずだ。
よって和貴が教室を出た後、教室で俺と話した金髪こと健一は犯人から除外して良いと判断できる。」
「じゃあその健一って人は犯人じゃない?!、、、」
「ああ、衝撃だ」
正直1番和貴を殺しそうなのが健一なので彼にアリバイがある事に面食らってしまう。だが犯人候補から最も程遠いのが彼だ。
だから健一が犯人な訳ないのだ、、そう胸に刻みこむしかない。
そうなると、、残された犯人候補はマッドサイエンティスト、野球野郎、眼鏡野郎の3人だ。
「くそ!誰が犯人なんだ!!」
3人と犯人が絞られてから頭は真っ白だ。
健一に便乗して和貴との喧嘩に乗っかってた様なものである彼ら3人のうち1人の犯人なんて見当もつかない。
そもそも健一がヤバすぎたんだ。いつも喧嘩で本気で和貴を殺そうとしてたのは彼だった。
いつも和貴の愚痴を吐き、死ねと呟いていたのは彼だった。
そんな彼は犯人でないと証明されてしまった。
お手上げだ、と思っていたところで、
「犯人は早退者又は欠席者の中にいるんじゃない?」
地団駄を踏み荒々しい態度の俺に、怯えた声で瑠璃子が言う。
不安げな彼女の瞳をみて、ようやく自分が冷静じゃなかったと我に返った。
と同時に、
「は、、天才か?」
犯人が欠席または早退していれば確実に和貴が通りがかる前に廃墟で待ち伏せできる。犯人として申し分ないだろう。
そして、瑠璃子の言葉でリーゼント組の犯人候補者は1人に絞られた。
そう、居たのである。
1番まともそうで殺人とは縁がなさそうだと思っていたが、、、。
犯行当日、つまり昨日に限って早退しているリーゼント組の1人、マッドサイエンティストは選ばれし犯人候補者だ。
「よし!じゃあとりま病院戻るぞ」
「え、?!」
犯人候補者である恵美子とマッドサイエンティスト。
まずは和貴の側で眠っているはずの恵美子の元へ向かおう。危険分子である彼女は放って置けない。
そう思い瑠璃子の手を引っ張り歩き出し、、、
「い、痛い!ちょっと待ってよ!!」
無理矢理俺の手を振り解き、瑠璃子は大きな声で叫んだ。
「んだよアマぁ!時間ねぇんだよ」
冷めた声を出しながら瑠璃子を睨みつける。
一刻も早く病院に戻らないと和貴が恵美子に何をされるか分からない。
俺は焦燥感も相まって苛立ちを露わにした。
「私の事も考えてよ!!!」
瑠璃子はさっきよりも大きな声で叫ぶ。彼女は泣いていた。
「、、は?なんで今、、」
突然怒り出す瑠璃子に俺は戸惑う。
「そんなに強く言われたら怖いよ。私、ガクくんの彼女なんだよね?」
「、うん」
怯える瑠璃子の瞳が俺の心を揺るがす。
「和貴が撃たれて不安なのは私だってそうなのよ。でもちゃんと考えてることもあるんだけどね」
穏やかな口調に戻ったものの冷たく硬い声が瑠璃子から放たれる。
そして次の言葉を放つ瑠璃子の顔には人間らしい表情が欠如していた。
「あたしは、和貴が居ないなら、、自殺しようと思ってる」
「じ、自殺?!」
「大好きだったお兄ちゃん。お兄ちゃんは私が居ないといつもうるさいのよ。LAINEの通知なんて凄いんだから、、」
「は、、」
突然語り出した瑠璃子。
「でも、私もおんなじだわ。お兄ちゃんと私は共依存しているの。運命共同体ってやつ?だから、彼が死んだらきっと彼は成仏できない。困ったお兄ちゃんだけど、私を必要としてくれるお兄ちゃんが大好き。だからお兄ちゃんが死ねば私も死ぬのよ」
笑顔を浮かべて話す瑠璃子。死ねば和貴と一緒にいれると彼女は信じてる。
そして瑠璃子の歪んだ思考が俺に気づかせた。
壊れてるんだ、、瑠璃子は。
もう精神的にやられているのだ。
怒りも悲しみなどの感情が全部混じり合っていまの瑠璃子ができてしまった。
誰がさせた?犯人?それもそうだが、俺も共犯だ。焦燥感に溢れていた俺は瑠璃子に当たり散らし、自分のことしか考えていなかった。
ーお母さんが犯人だったらどうしようー
漏れた瑠璃子の本音。その本音の先にあるのは和貴への愛だったのではないか。
恵美子さんが犯人なら和貴が悲しむから、その悲しみはどうにもできないから、瑠璃子は泣いていたのだ。
和貴の犯人なんて瑠璃子にとってはどうでも良いのだ。
逆に和貴の犯人を特定するのは瑠璃子にとっては毒なのかもしれない。
彼女の母、恵美子さんが犯人だと特定される可能性があるのだから、毒以外の何者でもない。
「ごめんな、、大好きだよ瑠璃子。今は俺がいる!俺で満たせるか分からないけど、ずっと一緒にいよう」
心にぽっかり空いた穴は瑠璃子だけが持ってるものじゃない。俺にだってある。
お互いに埋め合えば少しは気も晴れるんじゃないのか。
そんな気持ちを込めて、奏に告白した。
「…嬉しい」
溶けるような、まろやかな声で囁く瑠璃子を俺はきつく抱き締めた。
瑠璃子にとっては毒かもしれない。
けれど犯人の特定はしなければならない。
被害者が和貴に留まるとは限らないのだから。
瑠璃子は俺が守らなければ、、。
「この事件が一件落着したらまたデートをしよう!いつも通りのあの楽しいデートを、気が済むまでしような」
そう瑠璃子に語りかけると、彼女は黙って頭を俺の胸の中で縦に動かすのだった。
数分後、
「行こっか、病院」
瑠璃子の口からそんな言葉が漏れる。
それはさっき焦燥感により俺が威圧的に言ってしまった言葉だ。
その言葉を瑠璃子がもう一度言ってくれる。
それはつまり、俺の求めているものに寄り添ってくれたと言うことだ。
「どうして、、」
どうして俺と犯人探しを手伝ってくれるのか、、そう言う前に瑠璃子の声が重なる。
「いつも通りの貴方とデート、、したいから」
静かに瑠璃子は呟く。その言葉に確かな親愛を感じて俺は瑠璃子を見つめる。
「ありがとう」
それだけ言い、俺は彼女の手を取り病院へ足を急いだ。
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