第4話 秘めた想い

 何も知らせずに手伝わせるのは失礼だと思い、ヴァンセートにこれから私が何をするつもりなのかを全て話した。その上で私を手伝うか、それとも一人で何処か別の街に行くか選ばせた。だが選ぶも何も、使用人でしかない彼女に自分で道を選ぶ権利など殆ど無いに等しい。別の街に行き、何処かの屋敷に勤めるにしても、前の屋敷の推薦状がいる。だが今この場に、シュツラウドリー家が発行した正式な書類である、と証明できる物が無い。彼女は悲痛な顔をしながら私を手伝うと言った。酷な思いをさせてしまった事に、良心が痛んだ。


 それからすぐに準備に取り掛かった。アウリハリアまで……いや、奴の誕生日まであと数日しかない。それまでに終わらせなければならない。仕掛け自体は簡単ですぐに作れるが、街中に設置するのは時間が掛る。仕掛け作りは彼女に任せ、私はクルールィを駆り寝る間も惜しんで設置していった。




 最高神カルバスの誕生日よりも一日前。それがウェルグ・イズヴェラードの誕生日だ。自慢に思っているのか知らないが、学校にいた頃は奴が学友達とその手の話題で盛り上がっていた事を思い出した。奴は今も己の屋敷の庭で大勢の人物から誕生日を祝われている。婚約者が急死した事を憐れむ奴もいる。またすぐに良い相手が見つかるさと声を掛けるものもいる。その輪の中で、奴は笑ったり悲しんだりしてみせる。


(呑気なものだな)


 私は適当に見繕って首飾りにしたスティルの骨に触れた。今夜、お前を酷い目に合わせたやつを、地獄に送ろう。


 奴宛に書いた伝書鳥を飛ばす。無事に奴の所まで飛んでいったのを見届け、私はその場を去った。




「本当に……やるのでございますね、坊ちゃま」


「ああ。後戻りはできない」


 月明かりの綺麗な夜だった。祭りの本番を前に、浮かれて騒いでいる阿呆共が街中に何人もいる。そんな中、イズヴェラード家への道のりを歩く途中でヴァンセートが話し掛けてきた。青白い光に照らされた彼女は、少しやつれたように見える。……無理もない。十分な食事の量も摂れていないし、毎日やりたくもない作業をやらされ、夜はなかなか寝付けずにいるのだ。彼女が寝ている部屋からはすすり泣く声が毎夜聴こえてくる。彼女には本当に申し訳ない事をした。これ以上の迷惑は掛けられない。


「キミは、今のうちに何処か遠くへ行ってこい。これ以上ワタシといても、辛いだけだろう。推薦状を書いてやる事ができなくて申し訳ないが、ワタシが世話になった教授に」


「坊ちゃま。私は最後までお供致します。お嬢様のおそばにいられなかった分、坊ちゃまのおそばにいさせてください」


「……駄目だ。これ以上キミに迷惑を掛けたくない」


「迷惑だなんて思っておりません! 私……私にとって、坊ちゃまとお嬢様のおそばにいた時間が、何よりの宝物でございます! 初めは坊ちゃまからもお嬢様からも嫌われているのかと思ってびくびくしていましたが、お二人とも人付き合いが少々苦手なだけで、お優しい方々なんだと気づいてからは、毎日楽しゅうございました。それと同時に、お二人の仲の良さが羨ましくもありました。坊ちゃまがお嬢様に向ける優しい眼差しが、いつか……いつか、私に……向いてくれたらと……」


「っ……」


 彼女は、そんな想いを抱いていたのか。この私に……。


「申し訳ございません、坊ちゃま……。私、お嬢様がお亡くなりになった事は本心から悲しんでおります。ですが心の何処かで、これで坊ちゃまが私の事を見てくださるようになるかもしれないと思っておりました。あの優しい眼差しで私を見てくれるかもしれない、と。だから、私は坊ちゃまの為にここまで付いてきたのです」


「……そうか」


 いたたまれない気持ちになり、私は彼女から目を逸らした。


「この数日間、坊ちゃまのおそばで、坊ちゃまの為に働く事が、嬉しくもあり、心苦しくもありました。お嬢様を裏切る行為だという苦しさと、坊ちゃまにどれだけ尽くしても優しい眼差しを向けてはくださらない苦しさで、胸がはちきれそうでした。でも……それでも、私は……坊ちゃまのおそばに、いたかった……」


 彼女は泣き声を上げた。ああ、そうか。だから彼女は私と共に来て、辛い仕事も引き受けたのか。己の欲と、罪の意識に挟まれながら。

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