第2話 勘当

 奴らの残骸を適当な場所に埋め、スティルの亡骸を鞄に詰めた。こういう時に拡張魔法は便利だが、こんな事に使いたくなどなかった。鞄を抱えながらクルールィの背に跨り、屋敷へと引き返した。


 屋敷に戻ってからは解剖室へと直行した。幸いな事にその間誰にも出会わなかった。今は誰とも話したくない。ヴァンセートは妹を心配して帰ってくるまで寝ずにいるだろうかとも思っていたが、起きていられるような時間をとっくに過ぎていたらしい。私ももう限界に近い。一先ずは寝て、起きてからスティルを解剖しよう。私は妹の亡骸を抱えながら簡易ベッドに倒れ込んだ。




「――ま! 坊ちゃま! こちらにおられますか?」


 扉を叩く音と私を呼ぶ声。いつも思うのだが“坊ちゃま”呼びはやめてほしい。単にロクィルと呼べばいい、と言っても彼女は頑なに坊ちゃま呼びを辞めない。大した理由があるわけでもなかろうに。しかし今はその呼び方をありがたく思えた。“スティル”を守れなかった私に“ロクィル”の名を名乗る資格は無い。


 私はのそりと起き上がって扉の前まで歩いた。扉を開けようと手を伸ばしてふと気づく。手が血に染まっている。手だけではない。全身血だらけだ。臭いも……よくない。早く全身を洗い流して着替えた方がいい。その為にも彼女に立ち去ってもらわねば。


「すまないが、今キミに会って話をする気分ではない。何処かへ行ってくれないか」


「そんな場合ではございません! 開けますよ坊ちゃま!」


「駄目だ! 開けるな!」


「いや、開けるぞ」


「――ッ⁉」


 低い声が聴こえてくると共に扉が開け放たれた。その向こうには、悲観的な表情のヴァンセートと……非情な顔をした父さんがいた。


「何だその汚らしい格好は。お前はもっと次期当主である自覚を持て。スティルは何処にいる。昨日お前がまた勝手に連れ出しただろう。まだお前と共にいるのか? いつまでもあれに身勝手な行動をされては困る。さっさと」


「黙れッ‼」


 私は拳に魔力を溜めて父さんに殴りかかった。しかし父さんは勢い任せの攻撃を難なく躱し、室内に入り込んできた。


「やめ……やめろ……っ!」


「見られたくないものがあるなら、そもそもこんな馬鹿げた事を……」


 そこで父さんは言葉を失った。父さんに見られた。見られてしまった。スティルの死体を。


「おい……どうして……何故、スティルが……」


「どうかなさいまし……あ……あああ‼」


 父さんの異変を感じたヴァンセートも室内に入り、それを見てしまった。金切り声を上げながら彼女はその場に崩れ落ちた。


「お嬢様……お嬢様あああああああああああ‼」


「ロクィル、何故だ。何故スティルがこんな事になっている。誰がこんな事を……お前が殺したのか」


「だったらどうする。ワタシを殺すか」


 父さんを睨むと、父さんもワタシを睨み返してきた。腹を探るように数秒間睨み合っていると、先に父さんが口を開いた。


「バラゴレア家の馬鹿息子だったな。スティルを襲ったのは」


「ああ」


「奴はどうなった」


「奴らも死んだ。だから適当な場所に埋めた」


「……では、死んだ直接の原因は、本当にお前なのだな」


「……ああ」


 何の予備動作も無しに私は壁に叩きつけられた。そのままずるずると床に崩れていったが、すぐさま父さんが魔法で私の身体を掴み上げた。


「いずれ現実を見て諦める日が来るだろうと、お前のやる事を見逃してやっていたが、やはりそれは間違いだったようだな。お前の好きなようにさせず、もっと早い段階から跡継ぎとしての教育を施すべきだった」


「ぐあっ!」


 今度は床に叩きつけられた。眼前まで父さんがやってくると、そのまま頭を踏みつけられた。


「ぐ……う……」


「この出来損ないの木偶の坊が。今すぐこの家から出ていけ。今後一切この家の土地に足を踏み入れる事も、シュツラウドリーの名を名乗る事も禁ずる。命があるだけありがたく思え」


 念押しとばかりに最後により一層踏む力を強めると、それで興味が失ったかのように父さんはこの場を去っていった。その後ろ姿に向けて爆発魔法を飛ばしたが、狙いが逸れて壁の一部が吹き飛ぶだけで終わった。


「クソ……クソ、クソッ!」


 勢いよく拳を床に振り下ろしたが、痛い思いをするだけだった。もういい。必要なものを集めて、こんな家さっさと出ていってやる。やはり、もっと早くこうするべきだったのだ。……スティルも共に連れて。


 立ち上がって室内に目を向けると、ヴァンセートはまだ泣いていた。彼女は何も悪くないというのに、スティルに対して何度も何度も謝っている。


「申し訳ございません……申し訳ございません、お嬢様……。私が……私がおそばにいれば……」


「っ……」


 彼女も、私と同様にスティルのそばにいなかった事を後悔している。彼女もスティルの事を実の妹のように想っていた。彼女達の仲は、令嬢と使用人という関係性以上のものだった。


「ヴァンセート、すまない……。ワタシのせいで……このような事に……」


「そんな……! 坊ちゃまのせいではございません! 坊ちゃまがお嬢様をお助けなさろうとしていた事は、私が一番よく存じております。坊ちゃまが好き好んでお嬢様を傷つけるだなんてありえませんもの。悪いのは、悪いのは……きっと、全てバラゴレア家の方々です」


「無理をしなくていい。奴らにも非はあるが、結果的にスティルを死なせたのはワタシだ。思う存分ワタシを責めろ」


「できません! 坊ちゃまを責めるだなんて、できる訳がありません……! 坊ちゃまが、一番お辛いでしょうに……」


 彼女は涙を拭って立ち上がると、私に近付いてきた。


「坊ちゃま。どうぞ、私の胸の中で存分にお泣きください」


「……いや、無理があるだろう」


 身長からして逆だろう。


「こういう時ぐらい、坊ちゃまも甘えてください。私は使用人で、坊ちゃまより年上なんですから」


「そんな事……って、おい」


 彼女がいきなり抱き付いてきた。


「お願いです、坊ちゃま……そんな顔をしないでください……。ご自分を責めないでください……。お嬢様は、坊ちゃまがご自分を責める事など望んでいないはずです……。何がったのかは存じませんが、お嬢様は坊ちゃまを恨んでなどいないはずです……」


「ヴァンセート……」


“私の胸の中でお泣きください”と言っていたはずの彼女が、私の胸の中で泣いている。彼女も相当辛いのだろう。当たり前だ。四肢の千切れた死体を見るのは、誰だって辛い。しかもそれが妹のように想っていた人物のものであれば、尚更だ。私は恐る恐る彼女を抱き締めた。


「すまない、ヴァンセート。……ありがとう」


 私が声を掛けると、彼女は一層激しく泣き始めた。どうするのが正解か分からなかったから、彼女が落ち着くまで声を掛けずこのままでいた。


「これから……どうするおつもりですか」


 彼女は泣き止むと、鼻を啜りながらそんな事を訊ねてきた。


「出ていけと言われたからな。荷物を纏めて出ていく。……スティルも、連れていく」


 スティルをこんな場所に置いていきたくない。失敗の原因を探る為にもスティルの身体が必要だ。


「でしたら……私もお供致します」


「駄目だ。キミはここにいろ。ワタシなんかと来たって」


「お願いです坊ちゃま! 私……私は……坊ちゃまが、心配で……」


「心配する必要は無い。ワタシは一人で大丈夫だ」


「大丈夫な訳ございません。坊ちゃまは生活能力に欠けている所がございますから、誰かがお世話をしてさしあげないと……」


「そんなもの、どうにでも」


「なりません!」


「……」


 断言されてしまった。


「それに、お嬢様を亡くされた坊ちゃまが、自ら命を絶ってしまうのではないかと思うと、私、怖くて……」


「……分かった。キミも連れていこう。その方がスティルも喜ぶ」


「ありがとうございます」


「だが、行く当てがある訳でも無いし、適当な場所を見つけたらそこでスティルを解剖する。キミがどれだけ反対しようが、死の原因を探る為に解剖するからな」


「……承知致しました」


「分かったなら、早く荷物を纏めてこい。準備ができたらすぐに出立する」

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