第50話 死

「この結末でいいの?」


 いつの間にか隣に来ていたムルが問う。


「おにいさんに任せれば、もう少しだけ生きられるかもしれないよ」


「でも、それでも近い内に私は死ぬんでしょう?」


「うん。それは否定できないね。おねえさんが衰弱死したり、自ら死を選んだりする可能性は大いにあるよ」


「だったら、今あいつらを殺して、兄さんの魔法で私も死ぬ。その方がいい。それに……私が兄さんといられる間に死ねるように、あなた頑張ったんじゃないの?」


「それもそうなんだけどね……実は、あんまり頑張れなかったの」


「……どういう意味?」


 あのね、と前置きしてムルが話を続ける。


「“スティル”という名前の持つ力が強すぎて、どうあがいても無理矢理嫌な事をされる運命にあったし、おねえさんの場合は、おにいさんが必ずおねえさんを助ける為の行動に出るから結局はこうなるの」


「……そう」


 名前のせいで決められた運命。やっぱり、名前は呪いだ。


「ねぇ、ムル。私って……死んだらどうなるの?」


「ムルのものになるよ」


「具体的にはどういう意味なの?」


「そうだなぁ……ムルと一緒に遊んだり、ムルと一緒に生者の世界を眺めたりするお友達になるって事だよ」


 生者の世界を眺める……。


「生きてる兄さんを眺めていられるの? 私は死んでも兄さんの側にいられる?」


「うん。できるよ。特定の人の側にいられるのってちょっと難しいんだけど、おねえさんなら大丈夫なはずだよ。おにいさんは、おねえさんの事を大切にしてるから」


「そう」


 それなら、私は死んだ後も兄さんと共にいられる。兄さんの側にいられる。誰かに引き裂かれる事もない。これでずっと、兄さんと一緒だ。


「おねえさんが死ぬ時、苦しまないようにしてあげるね」


「……ありがとう、って言えばいいの?」


「どういたしまして」


 ちぐはぐな会話を最後に、ムルの姿が消えた。代わりに、ドスコとその取り巻き達が視界に入った。


「おやおや。あのいけ好かないロクィルの野郎が来るかと思えば、可愛い可愛いスティルちゃんじゃねぇか。また俺達と遊んでくれるのか? 嬉しいなぁ」


 ドスコが下卑た笑みを浮かべて何か喋っている。取り巻き達も同様だ。でも今は、こいつらがどんな顔で何を喋ろうが知った事じゃない。これから死ぬ奴らの事なんて、どうでもいい。


 こいつらを殺して、


(私も、死ぬ)


 怖くない訳が無い。生きて兄さんの隣にいたい。でも生きていても、ずっと兄さんの隣にいる事はできない。でも死ねば兄さんの隣にいられるらしい。私は兄さんの隣にいたい。ずっと、愛する兄さんの、隣に。


 私は小箱を持つ手を、まだ何か言っているドスコの前に突き出した。


「ああん? 何だそれ。俺に贈り物でも持ってきたのか? 嬉し」


死ねアスデ永劫に地獄で苦しめメトロント・ニ・レフル・レヴェロフ


 古代語で呪文――いや、呪詛を唱えた。小箱から混ざり過ぎて真っ黒になった魔力が迸る。防護魔法で身を守る暇も無く彼らは身を焼かれ水に溺れ雷に打たれ潰され身を切り刻まれ私の魂は肉体から切り離された。










「いらっしゃい、おねえさん」


 現実から少しずれた場所で、私とムルは惨状を眺めていた。ついさっきまで生きていたものが、ただのモノになっている。そこには私の死体もある。四肢が千切れている。酷い有様だ。


「私も……死んだんだね」


 不思議な事に、悲しいとか、辛いとか、そういった感情はわかなかった。自分を縛り付けていた枷から解放された気分だけが、私の中にある。


「うん。ムルとお揃いだね」


「あいつらは……」


 私の姿はここにあるが、あいつらの姿は見当たらない。


「あのおにいさん達の事は、ムルはどうでもいいから知らない。おねえさんが言ったように、地獄に行って苦しんでるんじゃないかな。ああいう所はムルの管轄じゃないから、どうなってるのかも全然知らないけどね」


 興味がまるでないのか、ムルは本当にどうでもよさそうに言った。


「ねぇ、おねえさんはこの結末でよかったの?」


 ムルが私を見上げて首を傾げた。相変わらずボロに隠れて表情は分からない。


「うん。だって、これで兄さんの側にいられるなら、それでいいの。私は兄さんの側にいたい。でも、あいつらに汚された身体で兄さんの隣にはいたくない。あの時、すごく、すごく、兄さんに申し訳ないと思った」


「ふぅん。そういうものなんだ……。ムルには、おねえさんみたいに大切だと思える人がいなかったから、そういう気持ちよく分かんないや。……あ、来たよ」


 ムルが指を差すと、その方向には兄さんがいた。こちらに――惨劇が起きた場所に向かって歩いている。あいつらがちゃんと死んだのか確かめに来たのだろう。


「おねえさん。泣こうが喚こうが、これからはこれがおねえさんの現実だからね。ムル達からはおにいさんが見えて、おにいさんの声が聴こえても、おにいさんにはムル達の姿は見えないし、声も聴こえない」


「……うん」


「それじゃあ一緒に……といきたい所だけど、たぶんおねえさん一人の方がいいよね。おにいさんがこれからどうするのか、見守っててあげてね」


「うん」


 ムルが姿を消した。私は兄さんを見る。


 兄さんは、あいつらの死体を侮蔑するような目で見た。


 兄さんが振り返って私を――私の死体を見ると、絶叫して泣き崩れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る