第47話 夢⑤

「これだから嫌だよね、女に生まれるって」


 泣き疲れて丸くなっている私の横に、ムルが寄り添ってきた。


「……あなたに、何が分かるの。十歳で死んだあなたに」


「ムルは十歳で死ぬまでにね、おねえさんが受けた屈辱を毎日毎日味わっていたんだよ。だから毎日毎日死にたいって思ってたの」


「……ごめんなさい」


「いいよ。おねえさんの知らない事なんだから、どうしようもないもんね」


 彼女はこの小さな身体で、毎日あんな酷い事をさせられて……。どうしようもない程悲しい気持ちになって、私は隣に座るムルを抱き締めた。


「ムルはもう大丈夫だよ。だって、スティルおねえちゃんが村の人達をみ~んな殺してくれたもん! 自分でもいっぱい復讐したから、満足してるよ。でも……」


 ムルも私を抱き返した。


「嫌なものは嫌だもんね。他の子がされるのを見てるのも嫌なの。だからおねえさんを助けてあげたかったんだけど……ごめんね。ムルは、現実には干渉できないの。ごめんね……」


 ムルは泣きながら何度もごめんねと謝った。


「ううん……いいよ。もしあの時に本当に死んでいたら、私は兄さんに会えなかった。兄さんに助けてもらえなかった。兄さんに抱き締めてもらえなかった。だから……いいの」


 きっと彼女には、助けてくれる人がいなかった。だから、あの時私を助けなかった事を責めるなんて事はできない。


「ねえ、ムル。……あなた、初めて会った時に、名前の呪いがどうとか言ってたよね。もしかして……スティル様も、なの?」


「うん。スティルおねえちゃんも、されたって言ってた。だから……壊したんだって」


「そう……」


 スティル様が破壊の神だなんて言われた時は信じられなかったけど、今は分かる気がする。あんな事をされたら、何もかもを壊してしまいたくなる。


(私も……)


 私も、何かを壊す事になるのだろうか。もしくは……誰かを。 


「あのね、おねえさん。おねえさんに残された時間はね、たぶん……この事が起きたせいで、予想していたよりも短くなると思うの」


「……どうして?」


「おねえさんのおにいさんの性質は、スティルおねえちゃん寄りのものなの」


「それって、どういう意味?」


 私は彼女から腕を離し、相変わらずボロを被っているせいで見え辛い顔の辺りを見た。


「おにいさんは……壊すのは得意だけど、創るのは下手くそだから」




 ふと気がつくと、目の前に兄さんの寝顔があった。柔らかな寝息をたてる端整な顔は、憂い事など何も無いかのようだ。灰色の髪、閉じられた瞼から伸びる睫毛、高い鼻、骨張った頬、薄い唇。そのどれもが愛おしい。私の容姿は褒めても兄さんの容姿を褒める人は滅多にいないが、私は兄さんこそ美しいと思っている。容姿だけではない。兄さんは努力を惜しまない。一から新しいものを創る時、最初の数回は必ず失敗するが、それでも諦めずに試行錯誤を繰り返して成功へと導く。その姿勢も美しいのだ。


 ――創るのは下手くそだから。


 だから、私はきっと、兄さんに殺される。


「ん……」


 兄さんがゆっくりと目を開けた。金色の瞳が私を捉える。


「ああ……おはよう、スティル。眠れたか?」


 低い声で、呟くように言った。私は兄さんの声も好きだ。


「おはよう、兄さん。兄さんのお陰で眠れたよ」


「そうか。それならよかった」


 兄さんが腕を伸ばして私の頭を撫でる。私は甘えるように兄さんに擦り寄った。


「身体は……大丈夫か?」


「……ううん」


 昨日は色々な事がありすぎて、身も心も疲れていた。できる事なら、ずっとこのままでいたい。


「今日はゆっくり休め。ヴァンセートにお前の分の食事をここに持ってくるよう言っておく。ワタシも……やらねばならない事はあるが、後で必ず来る」


「……うん」


「それまで一人にさせてしまうが、大丈夫か?」


「うん。大丈夫。ありがとう、兄さん」


「ああ」


 兄さんベッドから起き上がり、着替えをしてから私の部屋を出ていった。


「大好きだよ、兄さん」


 たとえ兄さんの失敗が原因で死ぬ事になるとしても、私は兄さんを愛し続ける。だって私は、兄さんの全てを愛しているのだから。狂おしいほどまでに、兄さんだけを愛してる。他の誰かに殺されるくらいなら、愛する人に、殺されたい。

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