第41話 夢④

「おねえさん、久し振り」


 ある日、彼女の言う通り久し振りにムルが夢に現れた。


「余生を楽しんでる?」


 何とも答えに困る質問だ。


「楽しんでない事はないけど……。ねぇ、私は本当に、結婚する前に……死ぬの?」


「うん。その可能性は十分にあるよ。おねえさんがそれを望むなら」


 望むなら……?


「それじゃあ、私が結婚せずに兄さんとずっと一緒にいたら、すぐに死ぬ事はないの? つまり、私が兄さんといる事を望んだら、その通りになるって事?」


 私が問うと、ムルはう~んと唸った。


「おねえさんがおにいさんと一緒にいる事を望んでも、現実がそうはいかないよね? ごめんね。ムルはそこまで干渉できないの。だって、ムルって死の神様だから。死以外の事は専門外なの」


 彼女が申し訳なさそうに項垂れた。以前も全知全能ではないと言っていたし、神だからといって何でもできる訳ではないようだ。


「でも、おねえさんが結婚する前に死にたいって言うなら、なるべくそうなるように働きかける事はできるよ」


「……そう」


 死にたいか死にたくないかで言えば死にたくないのだが、ウェルグと結婚したら夫婦の営みをしなければいけない事を考えると気が重くなる。彼の事は嫌いではないし、彼となら結婚してもいいと言ったのは私だが、それとこれとは話が別だ。


「ねぇ、私は……どうあがいても死ぬ運命なの?」


「うん。おねえさんは生きてるからね。生きてるものは皆死ぬよ」


「……そうだね」


 生きているものは皆死ぬ。当たり前の話だが、誰もが気づかないフリをしながら生きている。自分が死ぬのは何年も先だろうと思いながら生きている。


「私……死にたくない」


「うん。ムルも死にたくなかった」


「……あなた、神になって生きてるじゃない」


「うん。でも、原初の神の中でもムルはちょっと特殊でね。他の皆は生きたまま神様になったけど、ムルは人間だった頃に、一回死んでるの」


 ほら、見て。と言ってムルは纏っているボロを捲った。その下から現れた肌には、目を背けたくなるような火傷の跡が残っていた。それも全身に。


「ムルが生まれた村ではね、十年毎に神様にお供え物を捧げていたの。村の皆を守ってくれますようにって」


「っ……もしかして」


「うん。そのお供え物がムルだったの。お供え物を捧げた次の年、産まれたばかりの女の子の赤ん坊の中から一人が選ばれて、選ばれた子は村に一つだけある教会で育てられるの。神様に捧げるのに相応しい女の子にする為に。そして十年経つと、神様に捧げる為に燃やされるの」


「……ごめんなさい。何も知らずに……」


「いいよ。おねえさんには怒ってないから。それにね、その後スティルおねえちゃんが来て、教会も、村も、村の人達も、ぜ~んぶ壊してくれたし、ムルを本物の神様にしてくれたの。だからあの時の事はもういいの」


「……そう。スティル様が、助けてくれたんだね」


「うん! だからスティルおねえちゃんの事だ~い好き! ムルって名前も、スティルおねえちゃんがつけてくれたんだよ!」


 辛い経験だろうに、それを感じさせない明るい笑顔で言ってのける。神として永い年月を過ごすうちに、心の痛みも薄れていったのだろうか。


「おねえさんが死にたくないって言う気持ちもね、分かるよ。でもね、誰だっていつかは死んじゃうの。でも、嫌な気分の時に死ぬより、おねえさんが前に言ったような“良い気分”の時に死ねるなら、そっちの方が幸せなんじゃないかなって思うの。……ムルは、良い気分になれなかったから」


「うん……考えておく」


 とは言え、考えたところで答えが出るのかは分からないけれど。

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