第40話 新年

 年を越して一発目に届いたウェルグからの手紙は、冬の間会えなかったから早く君に会いたい、という旨の内容だった。その手紙を読んで、私も彼と会って話がしたい、と思った自分に驚いた。


(ま、まぁ、友人と会って話がしたい、と思うのは普通……だよね?)


 暫く会っていなかった友人と、それまでの間何をしていたのかお互いに話し合いたいと思うのは、極めて普通の事だろう。ただ、私に今までそういう関係の人物がいなかった、というだけの話で。


(……)


 その事を考えたら、少し悲しくなってきた。


 彼の手紙には、彼の誕生日がアウリハリア(カタ神話最高神カルバス様の誕生日を祝うお祭り。一週間掛けて盛大に祝われる)の最中にあり、是非とも君と王都で行われる祭りを見に行きたい、とも書かれていた。こちらはさてどうしたものかと悩んだ。毎年アウリハリア中は屋敷の庭を一般開放し、訪れた人達を軽食やお菓子でもてなしているのだが、その手伝いを私もしているのだ。行けるとも行けないとも、すぐには答えられない。母さんに相談しなくてはならないだろうと考えた所で、少なからず彼と王都の祭りに行きたい気持ちが存在している事に、これまた驚いた。


(ま、まぁ、王都のお祭りも一度は見てみたいし……)


 毎年のように家で客人のもてなしに奔走しているのだから、そうじゃない年だってあってもいいだろう。今まで誘ってくれる人もいなかったのだし。


(…………)


 そんな事を考えたせいで、また悲しくなってきた。


 とにかく、アウリハリアが行われるのは三月だ。答えを出すまでに多少時間が掛っても問題ないだろう。私は手紙の返事に、今はまだ行けるか分からないが、王都の祭りには行ってみたい旨をしたためた。


 一月も下旬になると過ごしやすい気候になってきた。庭では色とりどりの花が咲き、ウェルグからの手紙にも同じ様な事が綴られていた。


「気になるなら行ってきたらどうだ?」


 手紙を横から覗き込んで兄さんが言った。


「奴の屋敷の庭も綺麗なんだろう? 見たいなら見に行けばいい」


 兄さんが優し気に言うから、私は目を丸くした。


「……兄さんがそんな事言うなんて、珍しいね」


 私がそう言うと、兄さんは不服そうに眉をひそめた。


「ワタシはお前が楽しそうにしている姿を見るのが好きなんだ。お前が奴の屋敷に行きたそうな顔をしているから、背中を押してやったまでだ。奴に会いたいという気持ちを、無理に隠したり抑え込んだりして誤魔化す必要は無い。奴とはもう友人なんだろう?」


「……うん」


 兄さんにそれを指摘されると、何だか妙な気分になる。嬉しいような、寂しいような。確かに彼と会って話がしたいとは思っているけど、でも、兄さんには引き留めてほしいような……。それは、やっぱり兄さんの事を一番愛しているから?


 結局のところ、数日後には私はイズヴェラードの屋敷を訪れていた。久し振りに訪れるこの場所にも、春の花がそこここに咲き乱れていた。


「やあ、久し振りだねスティル。元気だったかい?」


 春の日差しのように柔らかな笑みを浮かべたウェルグが私を出迎えた。見ない間に、少し髪が伸びたようだ。


「お久し振りです、ウェルグ様。冬の間も元気に過ごしていましたわ。ウェルグ様もお元気そうで、なによりです」


「元気が一番だからね。早速だけど、お茶でも飲みながら、何をして過ごしていたのか教えてほしいな。僕も話したい事が沢山あるんだ」


 彼は庭園に設けられた東屋あずまやに私を案内し、私達はそこで草花を眺め、紅茶を嗜みながら色々な話をした。彼は先月二人目の妹の誕生日が来た話や、雪の重みで枝が折れてしまわないように、雪が降る前に庭師と共に庭園の整備を行った話、祖母のサマリオの体調が崩れたが、今は回復している話等をしてくれた。私はまたしても兄さんが暖炉を破壊した話や、本を沢山読んだ話(兄さんの調べものの事だが、その辺りの詳しい話は伏せた)なんかを話した。人造魔獣を解剖した話は流石にしなかった。


「君は本当にロクィルの事が大切なんだね。殆どがロクィルとの話だ」


「え? そ、そうでございますか……?」


 自分では全く意識していなかったが、言われてみれば確かにそうだ。というか、ウェルグに比べると家族の人数が少ないから必然的にそうなってしまう。


「兄妹で仲が良いのは良い事だよ。僕も弟や妹達の事は大切に想っているからね」


「ウェルグ様のようにご兄弟が多いと、毎日賑やかでしょうね」


「ああ、そうだね。でも時々うるさくて、一人にしてくれ! って思う時もあるよ」


 と言って彼は苦笑いした。


「そうなのでございますか? 私には少し想像できません」


「君の家族と僕の家族とでは性格が全然違うからね。君の家だとうるさくなる事は無さそうだ」


「いえ……時々、お父様とお兄様が喧嘩をなさって……」


「ああ、口論は困るよね」


「あ、いえ。口論が、と言うよりも、その後の魔法の応酬が激しいので、それがうるさいんですの……」


「……君、今までよく無事でいられたね」


 父さんと兄さんの魔法対決は、気がついた頃には週末の恒例行事のようになっていたからもう慣れてしまった。使用人達の間でも今回はどちらが勝つか賭けをする者が現れる程なのだ。今の所父さんの勝ち数の方が圧倒的に多いが、そんな父さんに鍛えられたから近年は兄さんが勝つ時もある。


「被害を最小限に抑える為に敷地内の何もない場所でやっているので、怪我人が出る事はございませんわ」


「ううん……そういう意味じゃないんだけどな……」


 彼がもっと別の話をしようと言うので、この話はここで切り上げられた。


 今まで何をしていたかの話をしたから、今度はこれからの話をしよう、という話になった。これから起こる出来事と言えば、アウリハリアと彼の誕生日だ。


「君から貰った手紙では、王都のお祭りに行けるかはまだ分からないと書いてあったけど、まだ答えは出ないかな」


「それが、お母様は賛成だったのですが、王都はその日のうちに行って帰ってこられる距離じゃないから駄目だ、とお父様が譲らなくって……」


「ああ、お父上にそう言われては仕方がないね。それじゃあ、僕の誕生日にこの屋敷に来るのも難しそうかい?」


「それなら大丈夫ですわ。結婚前に二人きりで、その……一夜を共にする事がなければ大丈夫だ、と言っていましたわ」


「そうか。君のお父上はだいぶ厳格だね。そこまで心配しなくても、正式に結婚するまでは手を出しはしないのに」


(結婚するまでは、か……)


 彼の今の言葉は、結婚したら手を出すと言ったも同然だ。夫婦ならばそれをするのも当たり前なのだろうが、それでも彼の事を友人としか見ていない私にとっては、したいと思わない行為だ。


(……結婚する前に死ねば、しなくて済む……?)


 恐ろしく感じていた死だが、もしかしてそれはある種の救いなのだろうか……。


「スティル、そんな悲しい顔をする事はないさ。結婚したら、毎年君を王都の祭りに連れていってあげるよ」


「あ……ありがとうございますわ」


 全然違う事で悩んでいたのだが、彼は祭りに行けなくて悲しい思いをしていると勘違いしたようだ。「全然そうじゃないんだけどな」という先程の彼の言葉をそっくりそのまま返してやりたいが、夫婦の営みをしたくないと言ったところでまともに取り合わないだろう。君が慣れるまで待つよ、とか言いそうだ。


「ウェルグ様、お庭を見て回ってもよろしいですか?」


「ああ、勿論だよ。薔薇の見頃はもう少し先だけど、今丁度チューリップが綺麗に咲いているんだ」


「まあ。それは楽しみですわ」


 案内するよ、と言うウェルグの後に続いて私も歩き出した。


(ああ、きっと……)


 きっと、王都の祭りは見られないだろう。

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