第37話 夢③

「あのおにいさん、おねえさんに妙な魔法掛け過ぎじゃない?」


「……何で良い気分な時に出てくるの」


 眠りにつくと、夢の中にムルが出てきた。今回はちゃんと姿を見せている。何もない空間に座っていた私の隣にちょこんと座る。


「過保護と言うよりも、やっぱり独占欲が強いのかな」


 と言ってムルは小首を傾げた。その仕草は愛くるしいと表現できるが、私は逆に腹立たしかった。


「私の質問を無視しないでくれない?」


「でも先に質問を無視したのはおねえさんの方だよ」


「……」


(……確かに)


「ムルの質問に答えてくれたら、おねえさんの質問に答えてあげる」


「……分かった。答える。兄さんが私に魔法を掛けるのは、私を守る為。危険な魔法じゃないから、何重にも掛けたって害は無いし、あなたにも関係ない。以上」


「関係あるよ~。魔法の内容によっては、ムルがここでおねえさんとお話できなくなっちゃうもん」


 ムルは頬を膨らませた。


「そんな事、私にも兄さんにも関係ない」


「でもあのおにいさんはムルの事が気になって、時々調べものをしているから、関係ない事もないと思うよ」


「……そう、なんだ」


(兄さん、調べてくれてたんだ……)


 ムルと夢の中で出会える当の私は全然調べようともしていないのに、兄さんは調べている。少しだけ後ろめたさを感じた。


「でも資料が少なすぎて、全然たどり着けてないみたいだけどね。悲しいね。記録が失われちゃうのって」


 はあ、とムルが溜息をついた。


「で、おねえさんの質問って、本当に答えてほしいものなの? 大した理由じゃなくても?」


「……やっぱり、答えなくていいよ」


 どうせ「おねえさんとお話したいから」といった答えが返ってくるのだろう。さっきは変に意地を張っていただけだ。心の底から答えてほしいと思っている質問ではない。


「ムルはね、おねえさんがその内死ぬって事は分かっても、それがいつなのか、正確な事は分からないの。全知全能の神ではないからね」


「……?」


 ムルが何か言い始めたが、何を言いたいのかが分からない。黙って聞く事にした。


「ムルは、ムル達は、人間として長い時間を生きられなかった。誰かの愛情を一身に受けた覚えも無い。毎日毎日死にたいと思ってた。でも死なせてくれなかった。死ぬと定められた日が来るまでは」


「……」


「だから、ムルには“良い気分”っていうのがよく分からないんだ。ムルが死んでほしいなって思った人達が死んだら良い気分になるけど、それはさっきおねえさんが言っていた“良い気分”とは、たぶん違うよね?」


「……うん。違うと思う」


 そっかあ、と言ってムルは黙った。本当に何が言いたいのだろう。


「もしおねえさんが死ぬのが、ウェルグっておにいさんのお嫁さんになった後だったら、おねえさんは後悔しない? おねえさんのおにいさんといたら、おねえさんは“良い気分”になれるんだよね。でも離れたら“良い気分”にはなれなくなっちゃうよ」


「……うん」


 言いたいのは、これだったか。本当にウェルグと結婚してもいいのか。兄さんと離れ離れになった後で死んでも後悔しないのか。


「それは、分かってる。でも、私は彼と結婚しなくちゃいけないの」


「どうしても?」


「どうしても」


「本当はしたくないのに?」


「……したくないよ。兄さんと離れたくない」


 夢の中だというのに、私の目からは涙が溢れてきた。


「分かった。じゃあ、ムルも頑張ってみるね。おねえさんがおにいさんといる時に死ねるように」




「え……?」


 気づいた時には朝が来ていた。ムルの姿は無い。私は寝室のベッドで横になっていた。


(今のは……どういう意味?)


 私が兄さんといる時に死ねるようにする、という事は……。


 私は、ウェルグと結婚する前に死ぬ――?


 本当に? 本当にそうなるのだろうか。私が何と言おうが、父さんは私をウェルグと結婚させる。恐らく何年も待ってはくれない。早ければ私が次の誕生日を迎える前にでも結婚させるだろう。つまり、ムルが頑張れば一年もしない内に私は死ぬ。


「……」


 寒気がした。

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