第35話 『花鳥の一生』

 今まで意識した事はなかったが、男女二人組で来ている人が多い。皆腕を組んで談笑している。恋人同士だったり、夫婦だったりするのだろう。


(私も……そういう風に見られているんだろうな……)


 今はもう彼の事を友人と思っているが、彼にとって私は婚約者だし、他の観客だってそういう目で私達を見ているはずだ。そう思うとまた緊張してきた。


「大丈夫かい、スティル。また固くなっているように見えるけど……」


「う……だ、大丈夫ですわ。ひ、人が多くて、緊張しているだけでございます……」


「そう? でも無理はしないでね。花鳥の夫よりも先に君が倒れたら大変だ」


「……はい」


 私としては、何故平気でいられるのか彼に聞きたいが、聞いたところで何も参考にならない可能性の方が高い。


「……腕を組んでみない? ほら、皆やってるし」


 彼が腕を私に突き出してきた。今まで彼が腕を組もうとするたびに私は拒否してきたが、ここでなら組んでもらえると思ったのだろう。周囲の男女二人組もやっているから。だがそれをやってしまうと、私達が恋人同士であると主張するようなものだ。私はまだそれを認めた訳ではない。


「……結構ですわ」


「いや、でも、なんだか君、倒れそうだし……。馬車で酔った? それとも人混みで酔った? ごめんよ。僕が誘ったばかりに……」


「い、いえ、違います。その、他の人からは、ウェルグ様と私が恋人同士に見えているのかと思うと、何だか変な気分で……。私はまだ、認めていませんのに……」


 それに加えてこうして彼の前で醜態を晒し、彼に気を使われている事が嫌で、余計に嫌悪感が募る。


「そんな事で緊張していたのか。大丈夫だよ。皆僕達を見に来てるんじゃない。舞台を、花鳥を見に来ているんだ。そんなに気に病む必要は無いよ。誰も僕達が恋人同士かそうじゃないかなんて、気にしていないさ」


「……ええ。そうですわね」


 意識して深呼吸をし、気分を落ち着けさせる。彼の言う通りだ。気を病む事ではない。気にし過ぎだ。そう自分に言い聞かせ、彼に礼を言った。


「ありがとうございます。少し気分が落ち着きましたわ」


「そう? それならよかった。じゃあ席まで行こうか」


「ええ」


 それから彼は無理に腕を組もうとはせず――私の体調に気を遣ってか、腕を私の背中辺りに彷徨わせてはいたが――席まで私を案内し、二人で隣同士に座った。


 上演中、ありがたい事に彼はずっと大人しくしていた。そのおかげで私も集中して舞台を観る事ができた。彼が上演中に喋ったり妙な事をしたりする人じゃなくてよかった。もしそうだったら首飾りの出番となっていただろう。


『花鳥の一生』は、花鳥が夫と幸せな時間を過ごす場面から始まる。だがある日、悪魔退治に出掛けた夫はそのまま帰らぬ人となってしまう。打ちひしがれた彼女の元には、彼女の再婚相手になってやろうと目論む男が何人も押しかける。だが彼女はそれら全てを拒否し、一人で生きていくと決める。そんな彼女には度々困難が訪れるが、頭脳と魔法を駆使して解決していく。やがて年老いた彼女は己の死期を悟る。夫が悪魔退治に出掛ける際に貰い、それからずっと枯れさせないよう魔法を掛けていたリトベリスの花。それに息を吹きかけると、花びらが散り、彼女の姿も無数の花びらとなり鳥の様に何処かへと飛んでいった。


 帰りの馬車の中で、私達は感想を言い合った。あの場面が良かった、あの役者の演技が良かった、あの求婚者の演技は大袈裟すぎる、等々。


「花鳥を演じている人は本当に凄いよね。殆どずっと舞台の上にいて喋っているのに、疲れた様子を見せないし、とても堂々としている」


「ええ。花鳥もですが、花鳥を演じている方も素敵な人ですわ。私、花鳥を演じたいと言って両親を困らせた事があるんですの」


「へえ、君の花鳥か。それは是非見てみたいな。でも何でご両親は困ったんだい? 自分の娘が花鳥を演じたとなれば、鼻高々だろうけど」


「花鳥のように沢山の男性から言い寄られないかと心配したんですの。駆け落ちしたら大変だ、なんて言っていましたわ。そんな事絶対しませんのに」


「ああ、確かにそれは心配だね。君のお父上は特に厳しそうだから、貴族でもない男との結婚なんて絶対許さない、なんて言いそうだし」


 彼は父さんの真似をして低い声で言った。全然似ていなかったのが自分で面白く感じたのか、言い終わると忍び笑いをした。それからこんな事を聞いてきた。


「ロクィルも反対したのかい?」


 彼の方から兄さんの話を出すとは珍しい。私が喋りやすいように話題を振ってくれたのだろうか。


「お兄様も反対しましたが、その代わりに二人で『花鳥の一生』を読み合おうと言って、暫くの間毎日二人だけで演じましたわ。私が花鳥で、お兄様がそれ以外の役を全部演じたんですが……ふっ……くすくす」


「え、何? 何かそんなに笑ってしまうような事があったの? 笑っていないで教えてよ」


「ええ。だって……ふふっ……想像してみてください。お兄様が無理に高い声を出して、女性を演じている姿を」


「それは……ふっ。確かに、笑わずにはいられなさそうだ」


 二人で『花鳥の一生』を読み合っていた時、私は花鳥の台詞のみ読んで、兄さんは他の役を全部一人で読んでいたから、当然女性の台詞も読む事になる。女性の役だろうが男性の役だろうがそのままの声で読めばいいものを、女性なのに低い声のまま読むのは変だろうと言って高い声を出して演じていた。だが無理して出すものだから余計変に聞こえて、私は笑いを堪えるのに必死だった。


「彼にそんな面白い面もあるとはね。僕がその事を知ったと彼にバレたら殺されそうだ」


「ふふ。そうですわね」


 そう言って、二人で笑い合った。

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