第30話 兄さんは素敵な人です
それから私達は、庭園をのんびりと散歩した。先程のやり取りのおかげか、彼と二人きりでいるのもあまり苦ではなくなった。歩きながら彼と色々な話をした。もうすぐ冬が来る事、去年の冬には彼の妹達が不揃いな靴下を編んだ事、兄さんは冬が来ると毎年の様に暖炉を爆発させる事、その修理を兄さんと私の二人でした事、等々。
「お兄様ってば、壊すのは得意で何でも一瞬で壊してしまいますのに、直す時は元通りにする気が無くてやたらと時間が掛るんですもの。凍え死ぬかと思いましたわ」
「元通りにする気が無いって、どういう事?」
「より良い状態にしたいんだそうですの。すぐ壊れるようでは駄目だからと、耐久性を向上させる為に防護魔法を何重にも掛けたり、そもそもの素材を変えたり、といった具合に色々と試行錯誤を重ねているんですの」
「……何でわざわざそんな事をするんだい?」
まるで意味が分からない、といった表情でウェルグが訊ねてきた。
「そもそも、暖炉を爆発させるような事をしなければ、暖炉の耐久性を上げる必要も無いと思うんだけど……」
「そ、それはそうなのですが……お兄様がご自分で開発された魔法や道具を試すのに一番安全な場所が暖炉だそうですので……」
自分で壊した暖炉を修理するのも、新たな道具や魔法を試す良い機会だとか何とか兄さんは言っていた。
「そ、そう……。ううん、僕には彼の事がまだまだ理解できそうにないな……」
「それは当たり前ですわ。ウェルグ様はお兄様と共に過ごしている訳ではないんですもの」
「あはは……。やっぱりお兄さんの事になると手厳しいね」
「ウェルグ様も、お兄様と共にいればお兄様の事が理解できるようになりますわ」
「そうかな。彼に馬鹿にされて終わりそうな気がするけど……」
「馬鹿な事を言わなければ済む話ですわ」
「手厳しいなぁ」
彼は乾いた笑い声を上げた。
「でも、誰が何を話しても彼には疎まれるんじゃないかな」
「その様な事はございませんわ。お兄様を馬鹿にしないでくださいまし。この相手との会話は有益なものである、と判断すれば熱心に話を聞きますわ」
「有益かどうかで判断するのか……。僕だと彼にとって有益な情報は持ち得てないだろうから、一生彼とは会話ができなさそうだ」
と言って彼は落胆した表情を見せた。
「何故そんなに悲観的になさるのですか? まだそうと決まった訳ではございませんのに」
私が不思議そうに問うと、彼は眉間に皺を寄せた。
「だって、前回僕が来た時も彼は僕を敵視しているようだったし、まともな会話なんてできっこないじゃないか」
「そ、それは、お兄様が私の事を心配しているからですわ。婚約者が変な奴だったらいけないから、と」
「そうか……。君は大切にされているんだね」
「……ええ」
他者からその事を指摘されると少し面映ゆい。だが同時に誇らしくもある。私は兄さんに大切にされている。その事実がどれ程私に活力を与えるものか。誰もそれを知らないだろう。
「……今から、お兄様に会いませんか?」
「え? 今から、彼にかい?」
「ええ。ちゃんとお話すれば、ウェルグ様もお兄様の良さがお分かりになりますわ!」
私は勢いづいて彼に迫った。驚いた彼は一歩後ずさり、目を瞬かせる。
「いや、で、でも……」
「昼食の時の様子からして、今は自分の部屋か、図書室に一人でいるはずです。私がいれば邪険に扱う事はございませんので安心してくださいまし!」
「う、うん……。君がそんなに言うなら、彼とちゃんと話してみるよ」
「ええ! 是非そうしてくださいませ! 早速案内致しますわ!」
気持ち早足で屋敷に戻り、兄さんを探す。自室の扉を叩いても何の反応も無かった。次いで図書室に向かったが、ここも無人。ならばきっとあそこだと思い、屋敷の一番隅にある部屋へと足を運ぶ。
「何だか、随分と暗い場所だね」
彼の言うように、その部屋へ近付く程に辺りは暗くなってゆく。窓の数が少なく、蝋燭の明かりも無いからだ。
「本当にこんな所にいるのかい? 変な臭いもしてきたけど……」
「ええ。こんな所だからいるのです。ここは使用人もあまり近付きませんから」
暗くてじめじめしているから、誰も近付きたがらない。だからこそ、兄さんが作業をする為に使用している。変な臭いがするは、その作業中にどうしても出る臭いを消そうと躍起になった兄さんが試行錯誤した結果、試行錯誤しすぎて色々な臭いが混ざってしまったせいだ。兄さんは臭いを消すのを諦めて、少しでもマシにするだけに留めるようになった。
部屋の前に辿り着き、私は扉を叩く。
「お兄様。こちらにいらっしゃいますか? ウェルグ様と共に参りました」
すると扉の奥から兄さんの鋭い声が返ってきた。
「奴をここに入れるな。ワタシが出るから少し待っていろ」
がちゃがちゃという音が聞こえてくる。急いで片づけをしているのだろう。
「彼はこの中で何をしているんだい?」
「解剖ですわ」
「……え? ごめん、もう一回言ってくれるかい?」
自分が聞き間違えたのか、それとも聞き逃したのか、といった顔で彼が言う。私は先程と一字一句違わぬ言葉を紡いだ。
「解剖ですわ」
「……そう」
彼は青ざめた顔で頷いた。
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