第28話 からかわれスティル
と、そこへ扉を叩く音が聞こえてきた。
「お嬢様。お紅茶とお茶菓子をお持ちしました」
「ありがとう。入って」
私が声を掛けると、ヴァンスが茶器と茶菓子を載せたカートを引いて入ってきた。ようやく助け船が来た。彼女は手際よくカップに紅茶を注ぎ、私とウェルグの前に置く。テーブルの真ん中に茶菓子を置いて、私の近くに寄りそっと耳打ちする。
「私もこちらにいた方がよろしいですか?」
「うん。いて」
「かしこまりました」
彼女は一礼して、私の後ろに控えた。
「ウェルグ様、冷めない内にどうぞ召し上がってくださいませ」
彼に茶を勧め、私も自分の分を一口飲む。芳醇な香りが鼻孔をくすぐり、優しい味わいの紅茶が心を和らげる。私はほっと一息ついた。彼も紅茶を飲み「美味しい」と言葉を漏らす。
「この紅茶は誰が淹れたの?」
「私が淹れました」
ウェルグの問いに、ヴァンスが答えた。
「美味しいよ、ありがとう。……とすると、君はいつも彼女が淹れた紅茶を飲んでいるのかい?」
「ええ」
「なるほど。これだけ美味しい紅茶を淹れられる人が悪い人な訳がないんだから、仲が良いのも納得だね」
羨ましいよ、と彼は呟いた。
「ウェルグ様のお屋敷には、紅茶を美味しく淹れられる使用人がいないんですの?」
「え? いや、羨ましいっていうのはそっちじゃなくて」
「分かっていますわ。今のは冗談です。私とヴァンスの仲の良さが羨ましいのでしょう?」
素っ気なく私が言うと、ヴァンスが慌てたように「勿体ないお言葉です」と言った。
「お嬢様に大切にしていただけるだけで光栄ですのに、仲が良いだなんて、身に余る事でございます」
しかしそう言うヴァンス自身は、どこか満更でもなさそうな様子。ウェルグがいなければ「ありがとうございます」とか言いながら抱き着いていてもおかしくはない。彼女にはそういう所がある。それを嫌と思わない程には、私も彼女に心を許しているという証でもある。
そんな彼女の姿を見たウェルグは屈託なく笑った。
「君は良い主に使える事ができたんだね。僕が言うのも変な話だけど、これからも彼女の事を大切にしてほしい」
「嬉しいお言葉、ありがとうございます。これからもお嬢様の為に、この身を尽くす所存でございます」
「そ、そんな恥ずかしい事ここで言わないでよ……」
「あら、お嬢様ったら。恥ずかしがる事ではございませんよ。お嬢様はお嬢様らしく、堂々としていればよろしゅうございます」
「もう……」
私とヴァンスのやり取りを見て、ウェルグはまた笑った。
「彼女が来た事で、君の緊張がさっきよりも解れてくれてよかったよ。また君の知らない一面を知る事ができた」
「う、ウェルグ様までからかわないでください……」
まさかこんな事態になるなんて。ヴァンスを部屋に留まらせるべきではなかったかもしれない。でもそれだとウェルグと二人きりになってしまい、それはそれでよくなかったような……いや、そもそも彼が家に来なければ……。
「ごめんよ、スティル。からかう気はなかったんだけど、君が可愛いものだから」
「それをからかっていると言うのです」
「ですが、お嬢様が可愛らしいのは事実でございますから」
「ちょっと、ヴァンスまで……」
二対一となってはもうどうしようもない。兄さんに助けを求める事ができればいいのだが、この場に兄さんがいたとしても、二対二になる気がしない。兄さんも向こう側な気がする。そして誰よりも熱心に私の良さを語るのだ。
(うう……自分で想像しておきながら、自分で恥ずかしくなってる……。でも兄さんならそうする。私だってそうするもん)
「お嬢様。そんなに恥ずかしがられても、可愛らしさが増すだけでございますよ」
ヴァンスがうふふと微笑みながら言う。
「……イジワル」
「あらまぁ意地悪だなんて、そんな悲しい事を言わないでください。私はただ正直に申し上げているだけでございますのに……」
「そうだよ、スティル。君は誰にも劣らない美しさを持っている。それをもっと自覚しても罰は当たらないよ」
「で、ですが、ひけらかすものではございませんし……」
「ううん……確かに、未来の妻が誰に対してもその美しさを見せびらかすのは、気持ちが休まらないかもしれないな」
「そ、そういう意味で言ったのではございません! それに勝手に未来の妻扱いしないでください!」
ごめんごめん、と言いつつもまた笑うウェルグ。どうにも彼といると調子が狂う。それとも彼とヴァンスが何故か結託しているせいか。
(助けて~、兄さ~ん……)
しかし頼みの綱の兄さんは、父さんと一緒にいる為ここに来る事はなく、昼食の準備ができたという知らせが来るまで私は二人にからかわれ続けた。
……でも、この時間が楽しくなかったと言えば、嘘になる。
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