第27話 婚約者の再訪
イズヴェラード家の馬車がこちらに向かっている。という知らせを受けて、私はヴァンスと共に玄関へ向かった。
「お嬢様。朝から奥様にお小言を言われては、気落ちなさいますのも無理のない話でございます。ですがウェルグ様をお迎えする時にまでその様なお顔をなさってはいけませんよ。せっかくウェルグ様とお友達になられたんですから、笑顔でお迎えいたしましょう」
「私はまだ彼を友達だと認めてない。なれそうってだけ」
反論しても、ヴァンスはあらあらうふふと笑うだけだった。しかし私は彼の前では仮面を被らないと決めたのだ。無理に笑顔でいる必要は無い。ヴァンスの言葉は無視する。
ヴァンスが玄関扉を開け、入ってくる風で髪を靡かせながら私は外に出る。すると丁度馬車が到着する所だった。
御者が馬車の扉を開けると、中からウェルグが出てきた。真っ先に私の存在に気がついた彼は、顔を綻ばせて「おはよう」と言った。
「出迎えてくれて嬉しいよ。ありがとう」
「おはようございます、ウェルグ様。別に、出迎えたくて出迎えている訳ではありませんわ」
「あ、はは……今日も手厳しいね。でも、何だかその方が君らしいのかも」
またしても彼は勝手に何かを納得している。自分の思いもよらない出来事に遭遇した時、これはこういうものだと割り切るのが彼の癖……いや、彼の言葉を借りれば、これが彼らしさなのだろう。
「今日は……君がよければなんだけど、君とゆっくり話がしたいと思っているんだ。ほら、僕達ってまだお互いの事をよく知らないだろう? 僕は、君の好きなものや、得意な事、はたまた苦手な事なんかを知りたいんだ。同様に、君にも僕の事を知ってもらいたい。……駄目かな」
ウェルグは上から覗き込むようにして訊いてきた。その仕草に何となく腹が立ったが、しかしこの要求を却下したところで、私としては彼と他に何かしたい事があるわけでもない。代替案が何も思いつかないので、仕方なく彼の要求を呑む事にした。
「かしこまりましたわ。それでは客間にご案内いたします。……ヴァンス、お茶とお菓子をお願い」
「かしこまりました」
ウェルグを屋敷内に入れ、私は彼を連れて客間に、ヴァンスは厨房へとそれぞれ向かった。
客間に入り彼にソファに座るよう勧め、私もテーブルを挟んだ向かい側のソファに座った。
(な、何を話せばいいの……)
彼をここまで連れて来たはいいが、これからどうすればいいのだろう。話がしたいと言ったのは彼だから、彼が口を開くまで待っていればいいだろうか。客間に何とも言えない微妙な空気が流れる。ああ、早くヴァンスに来てほしい。
「ここは君の家なんだから、そんなに緊張しなくてもいいのに」
私とは反対に、彼は落ち着いた様子である。その様子を見て、私はまた居心地を悪くした。
「別に、緊張している訳ではありませんわ。ヴァンスが来るのを待っているだけです」
「ヴァンス……? ああ、あの使用人の事か。君は、彼女とは仲が良さそうだよね」
「……ええ」
姉の様な存在だから。と続けようとして、彼にそこまで話す必要は無いと思いとどまった。
「彼女とはすぐに仲良くなれたのかい?」
「……いいえ」
彼は何が言いたいのだろう。疑わし気な視線を送ると、彼は決まりの悪そうな顔になった。
「いや、変な事を聞きだそうって訳じゃないんだ。ただ、その……僕だけが君からこうした扱いを受けているのか気になって……。ごめん。こんな言い訳しても、余計に嫌われるだけだよね……」
そう言って彼は肩を落とした。
「でも、これだけは知ってほしい。僕は君と仲良くなりたいんだ。君の事を沢山知りたい。君との心の距離を縮めたい。それに、君ももっと沢山の人と知り合った方が、世界が広がると思うんだ。君は恐らく、殆どの時間をこのシュツラウドリー家の敷地内で過ごしているんだろう? でもずっとここに閉じ籠っていちゃいけない。それでは鳥籠の中で一生を終える鳥と同じだ!」
身を乗り出す程に口調が熱くなっている事に気がついたのか、彼はそこで言葉を切り、咳払いを一つして姿勢を正した。
「僕なら……僕だったら、君を色んな所に連れていってあげられる。君が行きたいと言う所なら、どこへだって連れていきたい。君と同じ景色を見たい。……君の、隣で」
彼は真剣な眼差しを私に向けた。頬は上気している。何故彼はこんなにも熱心になれるのだろう。不思議だ。そう思うと気持ちが落ち着いてきた。
「今からサンデラ帝国まで連れていってほしいと言ったら、連れていってくださるんですか?」
「ええっ⁉ 今からかい⁉ それは……だいぶ難しいな」
サンデラ帝国は、ここカタ王国から五つくらい国を跨いだ所にある。その間には大きな山脈や河川があるから、かなり急いでも一ヶ月は掛かると言われている。そんな遠くにある国だから、当然行ったことは無い。行きたいと言っても止められるのがオチだ。何せカタ王国とサンデラ帝国はあまり仲が良くないのだから。
「では簡単にどこへだって連れていくとは申し上げないでください」
「うん……その通りだね。ごめん。……でも、意外と君って突拍子もない事を言うんだね」
「……そうですか?」
「うん。だって、普通こういう時は素敵な景色の街……例えば、グロゴーリアとか、ウルストに連れていってって言うものだろうけど、まさかサンデラ帝国が出てくるとは……。ふふっ」
何故か彼はくすくすと笑い始めた。そんなにもおかしな事を言った覚えはないのだけれど……。
「ごめん。ごめんよ。笑うつもりじゃなかったんだけど、面白くって……。本当に君といると飽きないよ」
と言ってまたくすりと笑う。
「そんなに面白いですか?」
「ああ、刺激的だ。君を選んで本当に良かった。よし。今すぐは無理だけど、君が行きたいと言うのなら、いつかきっとサンデラ帝国に行こう」
「いえ、私は別に、サンデラ帝国に行きたい訳ではございません……」
「あれ? そうなのかい? じゃあ何でサンデラ帝国なんて言ったの?」
「それは……無理な事を言えば、諦めるのかと思ったからですわ」
「君の為なら諦めるものか」
またそんな事を真剣に言う。本当に彼は……。
「変わっていますわね」
ぼそりと呟くと、彼は困ったように微笑んだ。
「君ほどではないと思うけどね。……って、あ、勿論、君が変わってるって言うのは、良い意味でって事だよ」
慌てたように言葉を付け加える彼の姿は、やはり変わり者のように私の目には映った。本当は分かっている。自分の方が変わり者な事くらい。変わり者の兄さんの妹なのだから。それでも私にとっては兄さんが基準だから、兄さんとどれだけ違うかで物事を判断してしまう。
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