第23話 魔獣退治①
街を出て暫くは、代わり映えのしない道を進んだ。日差しは暖かく、風も心地良い。歌でも歌いたくなるような長閑さだ。
しかしもう暫く進むと、段々と木の本数が増えてきて、次第に太陽の光を遮る程になってきた。なるほどこれが暗がり森の名前の由来か、と思った頃には完全に日の光は届かなくなっていた。
「灯りが無くても大丈夫か?」
「うん。平気。慣れれば見えるから」
辺りは真っ暗でどこに何があるのか分かり辛いが、それはこの暗さに目が慣れるまでの話。不用意に灯りをつけて、ここに潜んでいるものを刺激したくはない。それに少し暗い方が、余計なものに惑わされず、感覚を研ぎ澄ます事ができる。
「何か感じるか?」
「ううん。まだ、何も」
多くの言葉は必要無い。ずっと一緒にいたからこそ、言葉が少なくとも意味は伝わる。兄さんの言う「何か」とは、恐ろしい魔獣の気配の事。その気配はまだ感じられない。私達は無言で森の中を進む。
暗がりに目が慣れてきた頃、遠くの方から微かに何者かの魔力を感じた。兄さんも感じたらしく、すぐにクルールィを止めさせた。
「知ってるか」
「ううん」
「ワタシもだ」
二人共知らない誰か、もしくは何かの魔力。十中八九この森に出たという魔獣のものに違いない。クルールィが興奮したように荒い鼻息を吹いた。私はクルールィを落ち着かせようと
「お前はクルールィと進め。ワタシは上から行く」
「うん」
兄さんはそう言ってクルールィの背から木の上へと飛び移り、木から木へ、魔力の気配のする方へと音を立てずに進んでいった。
「行くよ、クルールィ」
私が声を掛けると、クルールィは小さく嘶いてから動き始めた。
地面に落ちた枝葉を踏みしめるクルールィの足音を聞き流しながら、私は神経を研ぎ澄ませた。他に聞こえる音はないか。他の何者かの魔力はないか。だが魔獣のものと思われる魔力以外は、小動物が動き回る音や、鳥の鳴き声、先を行く兄さんの魔力しか感じられない。他の誰かが潜んでいる、という事は無さそうだ。
ならば、誰に気兼ねする事無く暴れられる。
私はもう少し早く歩くようクルールィに命令した。クルールィは駆け足で進む。魔獣との距離が縮まる。
「っ……」
向こうも近づいてくる私達に気づいた。魔力の気配がこちらへと向かってくる。足音も聴こえる。意外にも軽やかな足音だ。
(もうすぐ……)
相手が進行方向を変える事がなければ、もうすぐ相まみえる。十、九、八……。私は短く息を吐き、すぐにでも魔法を放てるよう構えた。三、二、一……。
「
「ワンッ!」
私が魔法を放ったのと、それが茂みから飛び出してきたのは同時だった。
(犬⁉)
魔獣――犬は、その小柄な体躯を活かして私の魔法をすんでのところで躱した。全身が泥や葉っぱで汚れているその犬は、私達の後ろまで来ると向きを変え、唸り声を上げながら突進してきた。
「クルールィ!」
私が鋭く呼び掛けると、クルールィは勢いよく走り出した。不規則に生えている木々を器用に避けながら森を駆ける。障害物さえ無ければこちらの方が速さは勝る。だがここは森の中。大柄の馬と、小柄で且つこの森を熟知しているであろう犬では、犬の方が有利だ。私は追い付かれないように時折後ろに向けて魔法を放った。しかし相手は器用に躱していく。
(兄さん、追い付けるかな……)
魔獣と対峙した時から注意をそちらに向けていたので、兄さんの現在地がいまいち分からない。近くにいればすぐ分かるのだが、分からないという事は、近くにはいないという事。もしくは私でも分からない程、兄さんが魔力の気配を消しているか。
「バウッ!」
「っ!
いつの間にか魔獣が近くまで迫っていた。私は慌てて古代呪文を唱える(魔獣相手に戦う時は、古代呪文の方が効果的だと言われているからだ)。狙いを定めてはいなかったが、むしろそれが功を奏したのか、放った魔法が魔獣の足を掠め、相手は動きを止めた。
(今は集中)
距離を置いた所で私達も止まり、魔獣に向き直る。身体は小さくとも、相手は魔獣。動きを止めはしたが、ずっと止まっていてくれる程優しくはない。今もなお歯をむき出しにして唸りながら、反撃の機会を狙っている。
私はクルールィの背から降り、慎重に足を運びながら魔獣に近付いた。捕らえるなら、今のうち。いや、もう少し弱らせてからの方がいいか。それとも……。
「……
魔獣の身体を水で洗い流し、風を吹かせて乾かせる。雑なやり方ではあるが、汚れが落ちて多少はマシな見た目になった。元々は真っ白な子犬だったようだ。
魔獣は大きく分けて、二種類ある。生まれた時から魔獣だったか、人間の手が加えられて魔獣に“させられた”か。
(この子は……)
あと一歩踏み出せば、魔獣に手が触れられる距離まで来た。その時。
「ガウッ!」
「⁉」
魔法の拘束を破り、自由の身となった魔獣が大きく飛び跳ねた。避けられない。咄嗟に身構えたが、そう、相手は魔獣なのだ。力任せの体当たりは、まるで大岩がぶつかってきたような衝撃を私に与え、私はそのまま後ろに倒――
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