第21話 軽食

 兄さんが人混みを掻き分け、私は掻き分けられた道を進んでいく。屋台の並ぶ広場を抜けた先には、噴水と、それを囲むようにベンチが幾つも並んでいた。私達と同じ事を先に考えたのか、ベンチに座って今しがた買ったものを食べている人が何組もいた。きっとこれは、この街の日常的な光景なのだろう。


「あそこが空いている。あそこに座ろう」


 兄さんが誰も座っていないベンチを見つけ、二人でそこに座る。


「はい、兄さん」


 私は先程貰ったポルンポスや買ったお菓子の半分を兄さんに渡すと、兄さんは少し驚いた様な顔をした。


「お前こんなに買う程ポルンポス好きだったのか?」


「これは、色々あって……」


 先程のやり取りを兄さんに説明すると、兄さんはおかしそうに笑った。


「確かに、今のお前の格好は男っぽいが、細身だからな。服に身体が合っていない。ぶかぶかの服を着ているから余計に心配されたんだろう」


「うう……。兄さんの身体が大きすぎるんだよ……」


 兄さんから貰ったこの服は、兄さんにとっては小さくても、私にとってはそれでも少し大きかった。


「好きでこの背の高さになった訳ではないんだがな。今度服を仕立てる時は、お前用の男服でも仕立ててもらったらどうだ?」


「ううん……作ってもらえるかな……。あ、それより兄さん。さっきは何で私の事を“弟”なんて呼んだの? 私驚いてすぐに反応できなかったよ」


 私が問うと、兄さんはポルンポスを一口食べてこう答えた。


「今のお前の格好がそれだから、もし周りから男だと見られているのなら名前で呼ぶのは不味いだろう。その場で思いついた男性名で呼んでもお前が分からなければ意味が無いから、弟と呼ぶのが一番無難だと思ったまでだ。……何か呼ばれたい名前あるか?」


「呼ばれたい名前かぁ……」


 急に言われても、すぐには思いつかない。スティル以外の名前。女ではない、男の名前。この格好をしている間だけの、私と兄さんの間だけで交わされる名前。そう思うと、何か特別な意味を持たせたくなる。神話の英雄ロクィルには弟がいたが、その弟の名前にしようか。それとも……。


(そうだ……)


「ロクドト」


 英雄ロクィルの、元々の名前。それがロクドト。


「ロクドトがいい」


「それでは、ある意味ワタシの名前だが?」


「うん。だからいいの。だって、これは兄さんの服だし、この髪も兄さんがやってくれた。だから兄さんの名前でいいの」


「ワタシはてっきり弟の名前を上げるかと思っていたんだが……まぁ、お前がロクドトがいいと言うのならそう呼ぼう」


「うん。ありがとう、兄さん」


 それから私達は、たわいもない会話をしながらお菓子を食べた。その間兄さんは、私の事をずっとロクドトと呼んでいた。


 兄さんはきっと知らない。私が“ロクドト”の名前を選んだ本当の意味を。


 英雄ロクィルの本来の名前が“ロクドト”だと教えてくれたのは、兄さんだった。その時の事を私はよく覚えている。


「ワタシなら、お前を守って死ぬよりも、お前を守りながら生きる方がいい」


 神話の本を開きながら、兄さんはそう言っていた。それが私にはとても嬉しかった。同時にこうも思った。私も兄さんを守りながら生きたい、と。兄さんを守れている自信は無い。むしろ守られてばかりいる。それでも守りたいという気持ちは変わらない。だから兄さんの側にいる間は、兄さんだけの騎士ロクドトでありたい。


 お菓子を食べ終えると、今度は兄さんと一緒に市を見て回った。兄さんが「実験に使えそうな材料を探したい」と言うので、薬草を扱っているお店や、干して乾燥させた虫をずらりと並べたお店、異国の地で摂れたという珍しい植物を高値で売っているお店、価値の低い小さな魔法石を量り売りしているお店なんかに訪れた。兄さんは気になったものを片っ端から買っていくものだから、しまいには拡張魔法を掛けた鞄が音を上げた。


「……買い過ぎたな」


 兄さんがぼそりと呟いたので、私は思わず笑ってしまった。


「おい。何故笑う」


「ふふっ……だって、兄さんの事だから、計画性を持って買っていると思っていたのに……くすっ……全然そうじゃないんだもん……」


「むぅ……。仕方がないだろう。この機会を逃したら、次はいつ入手できるか分からないんだぞ。だったら買うしかないだろう」


 兄さんは決まりが悪そうに顔を逸らした。己の計画性の無さを恥じているのかもしれないが、私としては兄さんにもそうした一面がある事を知れて嬉しかった。

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