第19話 兄さんとお出掛け
翌朝。日は昇り始めたがまだまどろんでいたい時間帯に、私は兄さんに起こされた。正確に言えば、兄さんが寄こした伝書鳥に。鳥の形に折られた羊皮紙が、記された内容を兄さんの声で告げる。
「起きろ、スティル。すぐに支度をしろ。父さん達が起きる前に出発するぞ。馬に乗って行くから動きやすい格好に着替えるんだ。ワタシは厩舎で待っている」
「う……わかった……わかったから、つつかないで……」
ちょこまか動いては私の頭や頬をつついてくる伝書鳥を追いやり、私は眠い頭を持ち上げた。大きな欠伸を一つして、ベッドからのそりと立ち上がる。
(馬に乗る、から……)
動きやすくて、多少汚れても構わない格好。以前馬に乗った時にドレスでは乗り辛いと言ったら、もう着られなくなったから、と言って兄さんが乗馬用の服をくれた事がある。それが何処かに仕舞ってあるはずだ。
(確かここに……あった)
「……ふふ」
兄さんがくれた服を着て、兄さんと二人で出掛ける。今日は特別な一日になりそうだ。
「おはよう、スティル。その服を着てきたのか。流石ワタシの妹だ。似合っているぞ」
着替えてすぐに厩舎へ行くと、兄さんも乗馬用の服を着て待っていた。黒色の上着の下から見える白いシャツが、隣にいる額に白色の菱形模様のある大きな黒馬とお揃いのようだ。兄さんが馬を撫でると、馬は嬉しそうに嘶いた。
「おはよう、兄さん。似合っているなら、よかった。今日はクルールィと行くの?」
「ああ。こいつはワタシが手懐けたからな」
クルールィとはこの黒馬の名前だ。兄さんが付けた。
「今日はよろしくね、クルールィ」
私がクルールィの鼻を撫でると、クルールィはペロリと私の手を舐めた。
「それじゃあ早速出掛けよう。父さんに見つかったら煩い文句を言われて出掛けるどころじゃなくなるからな。食べるものを持ってきているから、少し走ってから食べよう」
「うん。ありがとう、兄さん」
兄さんが先にクルールィの背に跨り、私は引っ張られるようにしてその前に跨った。兄さんが後ろから手を回して手綱を握る。
「しっかり掴まっていろよ。さあ、行くぞクルールィ」
兄さんの命令に従って、クルールィはゆっくりと、それから段々と速度を上げて駆けていった。
草原を走っていると、暫くして湖が見えてきた。朝日を浴びて水面はきらきらと輝いている。
「この辺りで食事とするか。止まれ、クルールィ」
馬を止めて、私達は背から降りる。適当な場所に腰を下ろし、兄さんがバスケットに入れてきたという軽食を取り出そうとしたが……。
「あー……」
「……ふふっ」
馬の背に乗せられていた為、バスケットの中身はぐちゃぐちゃになっていた。元々はパンに干し肉や薬草が挟まっていたようだが、もう何も挟まれていない。あちらこちらに散らかり放題だ。
「はぁ……。何故ワタシはこんな初歩的なミスを……。すまない、スティル」
「いいよ、兄さん。食べられない訳じゃないし。朝早かったから、兄さんの頭もまだ起きていなかったんじゃないの?」
「かもしれんな。挟み直すから少し待っていてくれ」
「うん」
兄さんは散らばった食材を一つ一つ丁寧にパンに挟み直し、出来た物を私は受け取った。起きてからまだ何も食べていなかったから、私はすぐにかぶりついた。
「ん……美味しい。ありがとう、兄さん」
「大したものは作っていないが……どういたしまして」
そう言って兄さんも自分の分を食べ始めた。
お腹が空いていたものだからあっという間に食べ終えてしまったが、休憩がてら、草を食むクルールィを眺めたり、野鳥の居場所当て競争をしたりして過ごした。
「スティル。少し髪の毛を弄らせてもらってもいいか?」
「え? いいけど……何で?」
「今の状態だと服装は男だが、髪型が女のままなのが気になってな。どうせなら、髪ももう少し男っぽくしたらどうかと思ったんだ」
「……それ、いいかも。じゃあお願いね、兄さん」
「ああ。任せろ」
兄さんが私の後ろに回ると、三つ編みにしていた私の髪を解いて、指で梳き始めた。
「お前の髪は綺麗だな」
「それは兄さんもでしょ」
私達兄妹の髪は、父さん譲りの灰色の髪だ。私の髪が綺麗だと言うのなら、同じく兄さんの髪だって綺麗だ。
「いや、ワタシは手入れをしていない。お前はきちんと手入れをしているから、その分ワタシより余程綺麗だ」
後ろにいるから見えないが、私の髪に口付けをしたのではないかと思う程、慈愛に満ちた声で兄さんが言った。
「だが……こうも長いと男っぽく見せるのは難しいな。上の方で纏めて帽子で隠すとしよう」
そうと決まれば兄さんはすぐさま行動に移した。髪を高い位置で束ね、リボンで結び、帽子ですっぽりと覆い隠した。
「よし。これで男っぽく……と言うよりは、少年っぽく見えるようになったぞ」
「ありがとう」
礼を言って、私は自分の姿を確かめる為に湖に近付いた。湖を覗き込むと、髪を殆ど帽子で隠された自分が見返してきた。
「……何だか、昔の兄さんを見ているみたい」
「そうか?」
兄さんも湖に近付いて、一緒に覗き込む。似たような姿の二人が水面に写っている。私が手を振ると、湖に写る私も手を振った。
「今なら兄弟に見えるかな」
「かもしれんな。よし。そろそろ出発しよう。本当に兄弟に見えるかどうかは、これから会う人々の感性に委ねよう」
「うん」
私は水面の二人に別れを告げて、兄さんと共にクルールィに跨った。
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