第17話 クルニア対決①
昼食の後、私は兄さんと共に遊戯室に来ていた。朝、兄さんに相談があると言うと、兄さんは昼からなら空いていると言って、相談場所に遊戯室を指定してきたからだ。
「クルニアをやろう」
「うん」
クルニアとは一対一で行うボードゲームの一種で、ルールは至ってシンプル。三十六マスの盤上に互いに八個ずつ、計十六個の駒を並べ、交互に駒を動かし、駒同士を戦わせ、最終的に相手の駒を全滅させるか降参させた方の勝ち。このゲームは元々、カルバス様が魔王ディサエルを打ち破ったアドゥルスクの戦いを模したものだったが、カルバス軍の駒を動かすプレイヤーの腕によってはカルバス軍が負けるのが腹立たしい、とのカルバス様の意見により、当初はアドゥルスクだったゲームの名前もその戦いに参加した神達を模した駒の姿も変わったと言われている。
「ワタシが先行でいいか?」
「うん」
貴族の間でクルニアは嗜みともなっている。この屋敷の遊戯室にも、職人に特注で作らせたクルニアの盤と駒がある。私達は窓際に設置された机にクルニア盤を置き、向かい合うようにして座った。各々八個の駒を盤上に並べていく。この駒は、自分の手前二列のマスになら好きなように並べていい。駒はそれぞれ役割が違う。使える魔法も異なる。それらをどう配置し、勝利を目指すか。駒を並べる時点で勝負は始まっている。ルールこそシンプルだが、だからこそ奥が深く、考える力を養う事ができる、という理由で貴族達が子供の頃からクルニアの腕を仕込まれた結果、嗜みともなったのだ。
駒を並べ終わり、先行の兄さんが駒を一つ、前に進めた。炎の魔法使いの駒だ。
「また悪夢を見たな?」
私は四つある騎士の駒の一つを前に進めさせた。
「声だけだったけど、また現れたの。ムルって名乗る子が」
兄さんも騎士の駒を一つ前に出した。
「昨夜お前に魔法薬を飲ませたというのに、神を名乗るだけあってその程度では効果は薄いという事か」
水の魔法使いの駒を前進させ、私は答えた。
「カタ神話ができるずっと前からいた、原初の神なんだって言ってた」
兄さんが炎の魔法使いの駒で私の騎士を一つ燃やした。焦げた臭いが鼻をつく。
「原初の神、か……。聞き覚えが無いな。王都にある図書館でもその様な名前が記載されている書物はなかったはずだ」
水の魔法で盤上に津波を起こし、兄さんの駒を奥へと押しやった。水の勢いに耐えられなかった騎士の駒が一つ、盤の下に転がり落ちた。
「……知られると、都合が悪いのかな」
服に掛かった水飛沫を払ってから、兄さんは騎士の駒を一つ前進させた。
「都合が悪い、とは?」
私も炎の魔法使いの駒を一歩進めさせる。
「…………スティル様の事」
兄さんがはたと動きを止めた。
「どういう意味だ」
兄さんは水の魔法使いの駒を、私の炎の魔法使いの駒を妨害するように動かした。私はその横に騎士の駒を動かし、兄さんの水の魔法使いの駒を薙ぎ倒した。
「スティル様もその原初の神の一柱で、本当は……破壊と月を司る神様だ……って言ってた」
騎士の駒で私の騎士の駒を倒した兄さんは眉をひそめた。
「お前はそれを信じるのか? 夢に出てきただけの、本当に神なのかも分からない奴の言葉を?」
炎の魔法使いを動かしたくても、そうすれば騎士に倒されてしまう。仕方なく騎士の駒を魔法使いの隣に動かした。
「……信じて、みたいの」
兄さんの騎士が私の水の魔法使いを斬り捨てた。
「分かった」
その騎士を私の騎士が貫く。
「信じるな、とは言わないの?」
兄さんが炎の魔法使いの駒を動かした。
「お前の事を、ワタシは信じている。お前が信じると言うのなら、ワタシは信じると決めたお前を信じる。それにムルの事も気に掛かる。原初の神、だったな。調べてみる価値はあるだろう」
回復の魔法使いの駒の魔法で水の魔法使いを復活させ、王の駒の前に置いた。
「でも」
「そんな与太話を信じるのは不敬だ、とでも言いたいのか? お前の不安が分からない訳ではないぞ。お前はかの女神スティルの様にあれかしと周囲から期待されて育ったんだからな。ワタシ以外の者がこの話を聞けば、血相変えて怒り狂ってもおかしくはない。だがお前は……ああ、そうか」
兄さんは王の駒を一歩前に進めた。そこは、私の炎の魔法使いの駒の魔法の効果範囲内だ。王が倒されれば、王を失ったプレイヤーはそれ以降駒に指示を出す事ができなくなる。降参する事もできない。回復の魔法使いが復活させる事ができるのは、王以外の駒。指揮官を失った駒達は、大抵の場合は闇雲に敵陣に突っ込み、いずれ全滅する。
「スティルの様になれと言うのなら、そのスティルが破壊神だと言うなら、自分だって破壊しても構わないと思っている。だが破壊行為に踏み出せないでいる。その理由は、ムルの言葉を信じていないからではなく、お前が自分自身を信じられていないからだ」
そうだな? と言って兄さんは私の目を見据えた。
「お前は表面上だけは周囲の期待に応えようとしている節がある。だからそれを裏切ればどうなるのか、それが分からないから怖いんだろう?」
「……うん」
いつだってそうだ。いつだって、兄さんは私が隠している想いを言い当てる。そして、暗にこう言っている。
――怖がる必要は無い。ワタシがついている。
やってみたいなら、やってみろ、と。
その為の踏み台として差し出されたのが王の駒。これを倒せば“大抵の場合”相手は全滅する。だが上級者ならば王を失っても勝つ時もある。兄さんは後者だ。王を倒したとて、私が勝つ保証は無い。壊す事に躊躇いが無いのなら、王を倒せ。壊した後に起こる未知の出来事が怖いなら、今ここで王を倒す以外の別の手を探せ。兄さんは私に選択を迫っている。
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