第16話 夢②
何もない、灰色の空間。
辺りを見回しても、誰の姿も、何の影も形も無い。
「ううん……。あのおにいさん、おねえさんにはだいぶ過保護だね」
なのにどこからか、声だけ聞こえてきた。舌ったらずな、少女の声。
「おにいさんがおねえさんに飲ませた薬、不安を和らげるだけの薬じゃないよ。おねえさんに不安を抱かせようとするものを退ける力もある」
はあ、と溜息が聞こえた。
「ムルはおねえさんとお話がしたいだけなんだけどなぁ」
「あなたは何なの? 何で私にあなたの声が聞こえるの?」
私が問うと、ムルは「昨日も言ったけど」と前置きをしてこう答えた。
「ムルは死を司る神だよ。その内ムルのものになるから、それまではおねえさんが眠っている間だけムルの姿が見えたり、声が聞こえたりするの。あ、でも全員が全員ムルと会える訳じゃなくてね、ムルのお友達と同じ名前の人だけ会えるの」
「その内あなたのものになるって、私が近い内に死ぬって事? それにあなたのお友達って何? あなたは自分を神だって言うけど、私はムルなんて名前の神様は聞いた事無い。それなのにスティル様があなたと友達だって言うの?」
また私が訊ねると、ムルは困ったような唸り声を上げた。
「質問は一個ずつにしてほしいな。でも答えてあげるね。そうしないとおねえさんは納得しなさそうだから。
まず一つ目。おねえさんの予想は正解。でも人間なんてすぐ死んじゃうから、ムルから見れば明日でも十年後でも五十年後でも大きな変わりはないけどね。
二つ目。ムルとムルのお友達はね、人間からは原初の神って呼ばれているの。おねえさんがよく知ってるカタ神話ができるよりもずっと前の話でね、古い神様をやっつける戦いをした時に生き残った十柱の事だよ。戦いの後で新しい世界を創造したの。でもね、幾つもできた世界をたったの十柱で管理するのは大変だったから、他の優秀な人間も神様にしてあげて管理者を増やしたんだ。でもそっちの神話の方が有名になっちゃって、ムル達が頑張ったお話は埋もれちゃったんだよね。新しい神話の中にもムルやムルのお友達が登場してたりはするけど、名前が変わっちゃったり、どんな神様なのかも変わっちゃったりしたんだよね。これは誤算だったなぁ。だからおねえさんがムルを知らないのも、無理もない話なの。
それで三つ目。原初の神と呼ばれる十柱の内の一柱がスティルおねえちゃんなの」
「そんな訳……」
「あるんだよね、これが。おねえさんがよく知ってるカタ神話では、スティルおねえちゃんはカルバスの妻で、太陽の神で、一番美しい女神って呼ばれてるんだよね。スティルおねえちゃんが綺麗なのは否定しないけど、でも本当はね、あのおにいちゃんの妻でも何でもないし、太陽の神でもないの。破壊と月を司る神様なんだよ」
「破壊と月……⁉ 何て事を言っているの⁉ 破壊だなんて、そんなの魔王ディサエルのする事じゃない! 月の神様だって他にいるし……!」
「ええ~。でも本当にそうなんだもん。ムルがスティルおねえちゃんに会った時から、スティルおねえちゃんの性質は、破壊と月だったんだもん。ムルの為にいっぱい、い~っぱい邪魔なものを壊してくれたんだもん。月が輝いている時にスティルおねえちゃんの力が増すのだって本当だもん。それにディサエルおねえちゃんは魔王じゃないよ」
「だったらそんなの私の知った事じゃない! もう、お願いだからどっか行って! これ以上意味の分からない事を言わないで!」
スティル様が破壊と月の神だなんて、それが本当だとしたら、今までスティル様の様な美しさや淑やかさや太陽の様な温かさを求められた私はどうすればいいの……⁉
(壊してもいいの……? 冷たくしてもいいの……?)
今までの苦労をぶち壊してもいいの……?
「おねえさんはだいぶ大変な思いをしてきたんだね。でもだからと言って何でもかんでも壊すのはよくないよ。ムルも時々怒られちゃうの。ムカついたからって人間を壊すなって」
ムルはやれやれ、とでも言いたげな溜息をついた。
「おねえさんを怒らせちゃったから、ムルはこれでさよならするね。また夢で会おうね。あ、でもその時はまたあの薬を飲まないでね。声だけでお話するのは寂しいもん」
気がつくと朝が来ていた。秋だと言うのに、私はびっしょりと汗を掻いていた。
(何なの……。何なのあの夢は……)
二日連続で夢に現れた死神の少女、ムル。私の脳が作り上げた幻覚にしては、彼女の言う事は私の知らない事ばかりで、荒唐無稽と言うには筋が通っている。カタ神話に登場する神が、別の神話の神と同一の存在だ、という話は聞いた事がある。だが原初の神など聞いた事が無いし、スティル様が破壊と月を司る神だなんて信じられない。
(……本当に?)
本当は、信じてみたいんじゃないの?
スティル様の様になれと皆が言うのなら、彼女が言ったスティル様の様な振る舞いをしてみたいんじゃないの?
(でも……)
それだけの力が、勇気が、私にはあるの?
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