第15話 兄さんからの贈り物

 シュツラウドリー家の屋敷に戻って花束を食堂に飾り、夕食を食べた後(こちらでもフリムが出た。シルトはやはりこちらでもスティル様を模したもので、それを当てたのは母さんだった)、自分の部屋で身体を休めていると兄さんがやってきた。


「奴の家はどうだった。何か嫌な事をされはしなかったか?」


 ソファに座っていた私の隣に腰かけると、兄さんはそう訊ねてきた。


「昼食は最悪だった。何も期待はしていなかったけど、彼の家族から失礼な質問ばかり浴びせられた。兄さんに対しても失礼な事を言っていたの」


「ウェルグの奴はそれを注意していたか?」


「全然。でも……注意するように言っておく、とは言っていた」


 その発言をどこまで信用できるのかは分からないけど、彼の見せた優しさを、信じてみたい気持ちはある。


「ふむ。では本当に奴が家族に問題発言を注意していれば及第点だな。奴自身はどうだった?」


「……彼のお婆様は、とても優しそうな人だったの」


 いきなり彼のお婆様の事を話し始めた私に兄さんは疑問を抱いたようだが、黙って私の話に耳を傾けていた。


「お婆様は、人の内面を分かろうとする人だった。お婆様の事を大切に想っている彼にも、そういう部分があるんじゃないかと思うの。だから……友人になら、なれそうな気がする」


「そうか……。偉いな、お前は」


 そう言って兄さんは私の頭を撫で始めた。私は兄さんの肩に頭を預ける。ああ、やっぱり兄さんの隣が一番落ち着く。


「お前が友人になれそうと言うのであれば、ワタシも奴に対する見方を変えねばな。評価を無能から馬鹿くらいには引き上げてもいいだろう」


「……それって引き上げられているの?」


「ああ。無能は全く話ができんが、馬鹿は話ができん程度だ」


「違いが微妙すぎるよ」


「ワタシの中でその違いが分かっていればいいんだ。どうせ相手はその評価を知らないんだからな」


 ふ、と兄さんは意地悪そうに笑った。


「じゃあ、兄さんは私をどう評価しているの?」


「お前は特別だからな。最高の妹だ。愛する妹でも、可愛い妹でも、賢い妹でもいいが、まぁ何であれ、他の奴の評価がお前より上になる事は無い。ワタシの、大切な妹だ」


「ありがとう、兄さん」


 私は目を閉じて、兄さんの温もりに浸った。私にだけ見せる、兄さんの優しさに。


 ――それって、独占欲ってやつじゃないのかなぁ。


「えっ?」


「ん? どうかしたのか、スティル」


「今……何か、声がしたの」


 だがきょろきょろと周りを見ても、この部屋には私と兄さんしかいない。


「疲れているから、幻聴でも聞こえたんじゃないか? 今日は朝から色々あったからな。早く眠るといい」


「うん……でも……」


 あの声は、確かに聞こえた。夢に出てきた、ムルと名乗る死神の声。


 不安を感じた私は、兄さんの服の裾を掴んだ。


「私が寝るまで、傍にいて」


 しかし兄さんは困った様な声を出した。


「ううん……そうしてやりたいが、今朝父さんに叱られたばかりだからなぁ。またお前が叱られる原因を作るのは本意ではない。……そうだ。不安を和らげる魔法薬があったはずだから、それを飲むといい。すぐ持ってくるから待っていろ。お前はそれまで寝る支度をしておけ」


「……うん」


 掴んだ裾をそっと離すと、兄さんは立ち上がって部屋を出ていった。


(……独占欲?)


 それの何がいけないのだろう。私だって兄さんを独占したいと思っている。兄さんと一緒にいられるのなら、兄さんの優しさが独占欲からくるものでも構いはしない。兄さんに私を独占してほしい。私の、何もかもを。


 夜着に着替えるとすぐに扉を叩く音がした。開けてくれ、と言う兄さんの声が聞こえたので扉を開けると、兄さんは両手いっぱいに抱えた本を突き出してきた。


「はは。驚いたか。今朝お前にあげた髪飾りは奴の家に行く時用に作ったものだからな。こっちがちゃんとした誕生日祝いだ。ああ、勿論魔法薬も持ってきたぞ」


 兄さんはそのまま部屋に入り、手近な机に本をどさりと乗せた。


「お前が面白いと言っていた本の作者が別の話を書いたからそれを一冊と、他にも小説を幾つか。それと高等魔法の指南書。これはワタシが読んでいたものだが、書いてある事は全部覚えたからお前にやろう」


「じゃあ、私が覚えたら……」


「ああ。実践してみよう。面白い魔法が幾つも書いてあるから、お前もきっと気に入るぞ」


「うん。ありがとう」


 独占欲からくる優しさでも構わない。こうやって私が本当に欲しいと思うものをくれるのは兄さんだけなのだから。私が欲するのは、兄さんの愛だから。


「あと、これが魔法薬だ」


 兄さんは懐から小さな硝子瓶を取り出した。中に入っているのは黄緑色の半透明な液体。


「実はこれもまだ開発途中だから、もしかしたらお前好みの味ではないかもしれんが、効果はちゃんと現れるぞ」


 飲んでみろ。と言って兄さんは瓶を差し出した。私はそれを受け取り、栓を抜いて中の液体を飲み込んだ。


「ん……。あ、意外と味は普通……」


 開発途中なら不安が増しそうな味かも、とも思ったが、少しスッとするような飲みやすい味だった。


「普通か。まぁ不味いよりはいいな。効果はどうだ?」


「効果も……うん。出てきてると思う。何だか身体が温かくなっていく感じがする」


 身体の内側から温められ、その温かさが徐々に表面にまで来ているような感覚がする。確かにこれなら不安が和らぎそうだ。


「それなら大丈夫だな。そのまま寝れば不安も無くなるだろう。さあ、おやすみ、スティル」


「うん。ありがとう。おやすみ、兄さん」


 兄さんは私の頭をひと撫でしてから部屋を去っていった。私は嬉しさと安心感を抱きながらベッドに横になった。

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