第14話 帰りの馬車で
玄関を出るとそこには既に馬車が待っていた。ウェルグとホーレーンに別れを告げ、私とヴァンスは馬車に乗り込む。御者が馬を走らせると、少しずつイズヴェラード家の屋敷が小さくなっていき、じきに見えなくなった。
「お嬢様。本日の訪問はいかがでしたか? どうやら最後にはウェルグ様と仲良くなられたように見受けられましたが」
「別に、仲良くなんてなってない。あっちが勝手に勘違いしてるだけ。……って、何笑ってるの」
ヴァンスがまた含み笑いをしている。睨んでも止めるどころか、益々笑顔になっていくばかり。
「うふふ。申し訳ございません。ですが、少しばかり昔の事を思い出しまして」
「昔の事?」
「ええ。私がシュツラウドリー家のお屋敷に来たばかりの事です。その頃のお嬢様は、私に対して、今のウェルグ様にそうなさるように警戒心ばかり見せていましたから。ずっとお嬢様に嫌われたままこのお屋敷で働く事になるのかと思うと、私は悲しくて悲しくて堪りませんでしたとも」
おいおいと泣く真似をし始めた。噓泣きと分かってはいても、屋敷に来たばかりのヴァンスに冷たい対応をしていた自覚しかない為、私の心は罪悪感でちくりと傷んだ。
「う……ご、ごめんなさい……」
私が謝ると、ヴァンスは私の手に自分の手を重ねてきた。兄さんとは違い、繊細そうで、柔らかな手だ。
「ですが今はそうやって悪い事をしたと思えば素直に謝罪しますし、私の事を嫌ってはいませんでしょう? お嬢様は貴族の家に生まれ、スティルという名を与えられたばかりに、私には想像もできないような苦労があったのだと存じます。他の人よりも、求められる事が多く、大きすぎる期待を寄せられている。きっとそのせいでお嬢様は、自分を守る為に、人との間に厚い壁を作らざるとえなかった。私はそう考えております。ですがお嬢様の本来のお姿は、坊ちゃまといる時の、あの柔らかな笑みを浮かべるお姿です。お嬢様のそのお姿を見せられる人が一人でも増える事が、私は嬉しいのでございます」
「……」
毒気の無い笑顔を向けられると、余計に直視しづらくて、私は俯いて重ねられたヴァンスの手を見つめた。彼女が来たばかりの頃は、また名前と外見だけで判断する奴が増えたとしか思っていなかった。でも、彼女は私の事を、私の内面の事を分かろうとしてくれた。だから、時間は掛かったが、今では彼女の事を信頼し、姉の様にも思っている。それと同様に、ウェルグも私の事を分かろうとしてくれている。彼ともその様になれるだろうか。
「ねぇ、ヴァンス。私、兄さんの事が一番大好きで大切なのは変わらない。ウェルグと恋人として仲良くするのは無理。でも……友人としてなら、仲良くできそうな気がする。……あいつが私にも兄さんにも失礼な事を言わなければ、だけど」
「ええ、そうでございますね。お嬢様や坊ちゃまに失礼な事を言う方と仲良くなさる必要はございません。ですが、そうでないのなら、その方の事は大切になさるのがお嬢様の為でもございます」
「……うん」
ヴァンスは重ねた手を離し、私の頭を撫でてきた。
「こうして可愛らしいお嬢様のお姿を独り占めする時間が減ってしまうのは、とても残念ではございますけどね」
「もう……ウェルグと仲良くしてほしいのかしてほしくないのか、どっちなの。それに子供扱いしないでよ。私は今日から十六歳なんだから」
「時には相反する気持ちも持ち合わせるものでございます。それに私から見れば、お嬢様はまだまだ子供ですとも」
「うう……」
反論しようとしても、年齢に関して言えば年上のヴァンスには敵わない。彼女に撫でられるのも嫌ではないので抵抗し難い。私は家に着くまでヴァンスの好きなようにさせた。
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