第11話 イズヴェラード家での昼食

 ウェルグの後に続いて屋敷の中に入り、絵画や花が飾られた廊下を通って食堂へ行くと、どうやらすでにイズヴェラード家の面々が勢揃いしていたようだ。その場にいた全員の目が一斉にこちらに向けられる。長机の一番奥に座っている、ウェルグを二、三十歳程老けさせたような顔の男性が笑顔を浮かべながら立ち上がった。


「ようこそ、我が屋敷へ。君がスティルさんだね。会えて幸栄だよ。私はそこのウェルグの父で、この家の当主であるイルヒェリック・イズヴェラードだ。どうぞよろしく」


 彼が兄さん曰く相当な頑固者なこの家の当主か。柔和な笑みを浮かべてはいるが、貴族なんて常日頃見えない仮面を被っているようなものだ。笑顔の下で何を考えているかなんて、分かったものじゃない。


「初めまして、イズヴェラード様。本日はお招きいただきありがとうございます。私はスティル・シュツラウドリーです。以後お見知りおきを」


 私も笑顔を貼り付けて挨拶をした。


「パーティーで何度か見掛けてはいたが、近くで見ると君の美しさがよく分かる。名は体を表すとはよく言ったものだ」


(ああ……)


 何も期待はしていなかったが、所詮はこの程度の人間か。


「ありがとうございますわ」


 貼り付けた笑顔のまま、私は形ばかりの礼を述べた。ここに兄さんがいれば「物扱いするな」と怒っていただろう。私にも「こんな奴に礼を言う必要は無い」と言っていたかもしれない。できる事なら私だって何か言い返してやりたい。しかし初対面の、しかも他家の当主相手に言い返せる程、私の神経は図太くなかった。


「ずっと立っていても疲れるだろう。君も席に座りたまえ。君は大切なお客様だし、今日が誕生日だと聞いているよ。お祝いもしたいし、色々聞きたい話もある。私の隣に座ってくれたまえよ」


 とイルヒェリックが言って、自分の横の席を指し示した。そこには空席が二つあるが、彼に近い方が私の席という事か。遠い方は勿論ウェルグの席。父子に挟まれての食事だなんて胸が詰まりそうだ。


(これも調査の為……。調査の為に必要な事……)


 そう自分に言い聞かせながら私は「かしこまりましたわ」と答えた。


 椅子に座るとタイミングを見計らったように料理が運び込まれた。てきぱきと仕事をこなす使用人達を横目に、イルヒェリックがイズヴェラード家の面々を紹介し始めた。


「私の隣にいるのが妻のロザリー。君の隣にいるのは、紹介するまでもないと思うが長男のウェルグだ。その隣は次男のオルヴィ。妻の隣にいるのは長女のレオストールと、次女のカリス。もう一人、私の母のサマリオ……つまり子供達にとっての祖母を入れて全員なのだが、母は足を悪くしていて、殆ど自分の部屋に籠りっきりでね。食事も自分の部屋で食べている。だから今紹介できるのはこれで全員だ」


 家族らしくよく似た顔の彼らが、それぞれ名前を呼ばれると「よろしく」とか何とか言って手を振ったり頭を軽く下げたりした。しかし名前を聞いて驚いた。この家の子供達も全員、カタ神話の英雄やその妻の名前をつけられている。親同士の仲が良く、縁談の話がどちらからともなく持ち掛けられるのも無理のない話だ。


 そうこうしている内に準備が整い、イルヒェリックの合図により食事が始まった。


 食事の内容は豪勢なものだった。旬の野菜を煮込んだスープや鹿肉のソテー、肉や野菜がぎっしり詰まったパイに、バジルの練り込まれたパン等々。イズヴェラード家の人達はそれはそれは美味しそうに食べていたが、私はと言うと、そんな彼らにあれこれ質問されながら食べていた為、ゆっくり味わう余裕も無かった。


「シュツラウドリー家では普段どのように過ごしているんだい?」


「その美しさを保つ為に、何か特別な事でもしているの?」


「ロクィルは変わった奴だって聞いているけど、実際のところどうなの?」


「子供は何人欲しい?」


「あのお兄さんから離れる為にも、早く結婚してこの家に来た方がいいと思うわ」


 こんな不躾で兄さんを貶す質問をしてくる人達相手に笑顔を崩さずに答えたのだから、味を覚えていないのだって無理のない話だ。正直、食べた気もしなかった。誕生日祝いだと言ってフリム(リンゴや桃等の果物をパイ生地で包んで焼いたお菓子。家庭や時期によって具材に違いはあるが、中にシルトと呼ばれる神話の神々を模した小さな人形が一つだけ入っている事は共通している。人数分に切り分けて、シルトが入っているひと切れを当てた人に幸運が訪れると言われている、お祝い事には欠かせない一品)も出されたが、料理人が気を利かせたのか中に入っていたシルトはスティル様を模したものだし、それを当てたのはウェルグだし、彼が私を見てはにかみながら「運命みたいだね」なんて言ってくるものだから気分は最悪だ。


 永遠に続くのではないかと思われた地獄の昼食が終わると、ウェルグは「薔薇園を見せてあげるよ」と言って私を連れて庭に出た。外の新鮮な空気が美味しい。


「君、大丈夫だった?」


「……え?」


 唐突な質問に首を傾げていると、彼は申し訳なさそうな顔をして言った。


「食事中の君が、何だかずっと無理をしているように見えたんだ。皆次々に君に質問をしていたし、中には失礼な質問もあっただろう? せっかく君の誕生日にこの屋敷に来てくたんだから、まずは美味しい食事でもてなそうと思っていたんだけど……あれじゃあ君は全然楽しめなかったよね。もっと皆も君の気持ちを考えるべきだったんだ。申し訳ない」


「……」


 驚いた。まるで失礼な事をしていたのは他の皆で、さも自分は何も失礼な事をしていないとでも言うような口振りで代表面して謝る彼の姿に驚いた。


(でも……)


 でも、彼は私が無理をしていた事に気がついた。だから謝った。無理をさせた事に。


「さっきも慣れてないって言っていたし、君は僕の事をよく知らないんだから、僕の家族の事だって知らなくて当然だよね。いきなり知らない人達に囲まれて、不躾な質問を浴びせられながら食事をしたんじゃ、味わう事もできなかったよね」


「……ええ」


 まさかあれでも一応は私の事を気に掛けていたのか。だったら彼らを止めるくらいはしてほしかったものだが……そんな兄さんみたいな事まで期待するのは無駄だろう。それでも気に掛けていた事だけでも礼は言っておこう。


「気に掛けていただき、ありがとうございます」


「ああ。だって、僕は君の婚約者だからね。君が僕をどう思っているかは知らないけど、僕は君の事が好きなんだ。好きな人の事は守りたい。それに……」


 言葉を切って、彼は恥ずかしそうに目を逸らした。


「いつだったかのパーティーで君の姿を見つけた時、君はお兄さんと一緒にいた。その時の君は、とても自然な笑顔を君のお兄さんに見せていた。その笑顔を見て、僕は君に惚れたんだ。だから、あの笑顔と、無理して作っている笑顔の見分けくらい簡単につく。いつか……僕にもあの笑顔を見せてほしい」


 そう言う彼の顔は、耳まで赤くなっていた。


「……」


 兄さんに向ける笑顔を、彼にも?


(……)


 それは無理だろう。……現時点では、まだ。


「ウェルグ様も貴族であるなら、誰もが仮面を被っている事はご存じでしょう」


「……?」


「先程の昼食の場で、私は確かに笑顔の仮面を被っていました。お兄様といる時の笑顔が仮面を被っていない自然な笑顔なのは、私はお兄様の事が好きで、お兄様といる時だけは安心できるからです。それはお兄様が私を、綺麗な美術品や何かではなく、一人の人間として扱うからです。ですので、あなたも私の自然な笑顔が見たいと言うのであれば、まずは私の事を一人の人間として見てくださいませ。美術品扱いする人の事を、私は好きにはなれません」


 笑顔の仮面を脱ぎ、屹然とした態度で私はウェルグに臨んだ。自然な笑顔が見たいと言うのであれば、わざわざ仮面の笑顔を見せる必要も無い。私が自然と笑顔になるような話し相手になってみろ。


「本当に君はお兄さんにそっくりだね。……うん。分かった。至らない部分は沢山あると思うけど、君に僕の事を好きになってもらえるよう頑張るよ。僕が君に失礼な事を言ったら、その都度指摘してもらって構わない。その方が君にとってもいいだろう? それに、こんな事今まで無かったから、何だかとっても刺激的だ」


 ウェルグは朗らかに笑った。こんな事が楽しいのか? 変わった人だ。


「改めて、これからよろしく頼むよ、スティル」


「ええ。せいぜい頑張ってくださいませ、ウェルグ様」

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