第7話 夢

「どうだった、奴は」


 その日の夜、私はまた兄さんの部屋を訪れていた。本当は昼食の後にでも兄さんと話をしたかったのだが、兄さんは父さんに呼ばれて当主になる為の勉強をさせられていたからそれは無理だった。兄さんは今夜も新しい魔法薬を開発しようと実験中だ。数種類の薬草を磨り潰している。部屋の中に独特の青臭い匂いが立ち上る。


「全然駄目。兄さんの事を嫌ってるんだもん」


 兄さんを嫌う奴や馬鹿にする奴とは仲良くしたくない。


「そうは言っても、ワタシを嫌わない奴の方が珍しいんだがな……」


 兄さんは苦笑して言った。


「お前がワタシを好いてくれているのは嬉しいが、他人を評価する時に、ワタシを嫌っているか否かを評価軸に入れなくてもいいんだぞ」


「じゃあ、兄さんは話ができる相手が私の事を嫌っていた場合、その人の事を好きになれるの?」


「お前の事を嫌っている奴は、すべからく話ができない相手だ」


「ほら、私と同じじゃない」


「……ふ。そうだな」


 私達は二人して笑い合った。


「だが、ワタシ達が奴を嫌ったところで、婚約破棄になる訳ではない。お前には酷かもしれんが、これからも奴の調査を頼んだぞ」


 兄さんは立ち上がって私の頭を撫でてきた。兄さんの大きな手に触れられると、いつも安心感に包まれる。


「うん。分かった、兄さん」


 もう少しだけこの安心感を堪能してから、私は自分の部屋に戻った。




 月が替わるとすぐに私の誕生日が来る。今年で私は十六歳になる。女性であれば、大抵このくらいの年齢から結婚し始める。父さんは私を十六歳の内に結婚させるだろう。息子がまともではないから、娘はまともだと周囲に知らしめる為にも……。


(……怖い)


 今の日常が、兄さんと過ごす日々が崩れ去ってしまうのが、そしてウェルグに抱かれるのが、怖い。


 誕生日前日の夜。私は数え切れない程の不安に押し潰されそうになりながら、ベッドに横になっていた。しかしそんな時でも睡魔はやってきて、私を眠りに誘った。




「おめでとう。おねえさんは十五歳という年齢を乗り越えたんだね」


 ボロを纏った何者かが言った。顔はよく見えないが、声からして女の子だろう。


「あなたは誰?」


 私が訊ねると、何者かはくすくすと笑った。


「ムルはムルだよ」


 よろしくね、とムルと名乗る少女は言った。声も、背の高さも子供に相違ないが、得も言われぬ威圧感がある。長い時間一緒にいてはいけない気がする。


「あなたは私に何か用があるの?」


 何も用が無いのなら早くここから去りたい。でも……あれ? ここはどこだろう。どうやって去ればいいんだろう。


「あのね、ムルはおねえさんに挨拶をしに来たの。きっと、その内ムルのものになるから」


「……それって、どういう意味?」


 ムルのものになるとは、一体どういう意味だろう。ムルという名前からは何も想像できない。ムルと名乗るこの少女は何者だ……?


「“スティル”って名前をつけられた子はね、何故か長生きできないの。名前自体に呪いが掛けられちゃってるんだろうね。その名前の元となったスティルおねえちゃんは、神様だからずっと生きてはいるけど、人間としての生は十五歳で終わってるから、それが原因の一つなのかもしれないね」


 ムルは自論に納得したように、こくこくと頷いた。


「その名前に掛けられた呪いはそれだけじゃないけど、でも“スティル”と名付けられた子にだけ起きる事じゃないし、ムル達も経験したから……。嫌だよね。女に生まれるって」


 ムルは大きな溜息をついた。


「ねえ、何の話なの? あなたは何なの?」


 嫌な予感がする。嫌な予感は……大抵当たる。


 ムルはくすりと笑って答えた。


「ムルはね、神様だよ。死を司る神」

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