どんな姿でも
葵ちゃんに強引に連れてこられたのは、同じ階にある教室だった。
普段は授業にも使われている教室なんだけど、文化祭の為に物置も兼ねて更衣室としても使えるようになっている。
「さ、ここならお着替えできるし、メイクも整えられるよ!」
「葵ちゃん…その大きいバッグはなに?」
私を連れ出す時に、慌てながらも手に持っていた大きめのバッグ。
リュックタイプになっているようだけど、葵ちゃんの背中から余裕ではみ出る程の大きさ。
いったい、何が入っているんだろう。
「あ、これ?
中身、全部衣装だよ!
あと、メイク道具!」
スタイリストさんかな……。
用意周到だな。
さすが。
「文化祭まで時間もないし、理央ちゃんの家でバンドの練習もしたいなーって思ってたから、いろいろライブ衣装とかお洋服とか入ってるの」
「なるほど……。
お泊りも出来るようになんだね」
「…あ、あった!
はい、私の制服!
…って…理央ちゃん…お胸…そのままはさすがに女子としてアウトだね。
それはよくない。
理央ちゃんの可愛さを引き出すのが私の使命!
てことで、はい。
理央ちゃん用のセクシーブラ」
「……普通のください」
際ど?! 何その下着!
高校生で着る下着じゃない!
なんでこんな物持ってるんだろう…。
サイズ知ってるのはわかるけど…。
「……普通のは……はい……これ」
「……なんでそんなに落ち込んでるの」
とりあえず私は、葵ちゃんが用意してくれた制服など一式を身に着けた。
上は……長袖のブラウス……すそが短いから腕まくりしとこう……。
にしても…。
わー……葵ちゃんの制服だから上はちょっとピチピチで体のライン見えてるし、スカートもいっぱいいっぱいに下げてるけど、丈が短い……。
それに……胸もギリギリ……。
「……」
「葵ちゃん?
どうしたの?
具合、悪い?」
顔面抑えてる……気分でも悪いのかな……。
「……推しのエロさに悶えてるだけ……」
「……あ、そうなんだ……」
葵ちゃんたら……相変わらず……。
「そのままだと、理央ちゃんが襲われかねないから……はい、これ」
これは……カーディガン?
「腰に巻いてね。
スカートの丈…短いからよくない。
せめて後ろは守らなきゃ」
「わかった。
ありがとう。
……これで衣服は大丈夫かな」
「……まだ。
こうなったら、髪もお顔も整える!」
え……葵ちゃん……目がマジだ。
「いっくよー!!
さ、ここに座って!
髪…一見サラサラに見えるけど、ウィッグを付けるためにスタイリング剤付けてたから…ブラシでとかして…お顔も…男装メイク…は、もともと目元だけだったから、それも落として……」
葵ちゃんはこういう事に一番手慣れている。
私はこのまま葵ちゃんに身を任せる事にした。
「……よし、今はノーメイクにしたよ!
理央ちゃんはメイクなしでも十分だし、なにより私が普段の理央ちゃんを見たい!」
すっごい理由……。
でも…わかる気がする…。
メイクするのもいいけど…。
時にはメイクなしの自分の姿でありたいとも思うから。
「ありがとう、葵ちゃん」
「お安い御用よ」
身なりを整え終えた私達は教室に戻る事にした。
廊下に出た私はふと思いついた。
「ねぇ、葵ちゃん、教室に戻る前に生徒会室よっていい?」
「うん、いいけど……なにか用事?」
「うん……ちょっと提案」
葵ちゃんの了承も得て、私達は一度生徒会室に寄ってから教室に戻った。
「ただいまー!!
新生、理央ちゃんを連れてきましたー!!」
「わ、葵ちゃん!
その言い方やめて!」
「わー……一条さん美人ー」
「え……一条……やべー……スタイルよすぎ……つか美人……」
「エロ……」
「足長ーい……キレー」
クラスの皆すっごい驚いた顔してる……。
なんか……新鮮。
「……理央……何その恰好……」
あ、緋月、……緋月は……不服そう?
なんか……眉間にしわ寄ってる。
「……えっと……変?」
「……別に……」
あ、またそっぽ向いた。
「あの……一条さん……」
ん?
クラスの女の子達?
どうしたんだろう……。
「さっきのケンカの時の一条さんの言葉……。
好きで男装してないって……。
訳あって男装してるって自己紹介の時に言ってたの思い出して……。
その……私達……男装の時の一条さんに……その……」
あぁ……なるほど……。
気にしてくれてたんだな。
「たしかに……好きで男装はしてなかったけど……。
結局、男装するって決めたのは自分の意志だから……皆が謝る事じゃないよ。
気にしてくれてありがとう。
それに……これからは、好きで男装するかもだから、その時もまた……仲良くしてくれたら嬉しいな……って」
「……如月さんの気持ちがわかった気がする……」
「ん?」
「かわいっ……」
え?
んー…なんでみんな葵ちゃんみたいに顔抑えてるの?
私、笑っただけなんだけど……。
「理央ちゃん……追い打ちやめて……。
どんな格好でも仕留めに行ってしまうんだから」
なにそれ、どういう事?
私一人がわからないでいるのに、クラスの皆はわかったように頷いてる。
うーん……やっぱりわかんない……。
「あ!
そういえば、陸の上着!
まだ途中だった!」
「おー、それなら緋月に直してもらったぞ」
「え……。
やっぱり……直しが遅いから……」
「違う。
指…ケガしないか心配で見てられなかった。
演奏するのに大事な指をケガさせる訳にもいかないだろ」
やっぱり緋月は優しい……。
また……頬が緩んでしまう。
「……ありがとう」
「……」
「あ……理央ちゃんの可愛さに緋ーちゃんがフリーズした」
「破壊力ありますからね」
「つか、葵、いつから緋月の事緋ーちゃんって呼んでんだ?」
「たった今から。
大事な人をかっさらっていったから、緋ーちゃんで十分」
「本人の意思無視かよ」
「悠ちゃん、うるさい」
「少し……寂しいですね。
ね、陸?」
「俺に振るな。
というか、この教室の空気なんとかしないとだろ。
周りもあの二人の空気にフリーズしてる」
「おーい、そこの二人ー。
自分達の世界作り上げるなー。
陸が寂しがってんぞー。
母親を取られた気分的な」
「惜しい、両親のイチャイチャを見せられてる気分なんですよ、きっと」
「…なぁ…なんで、俺がそんな立ち位置なんだ?!
おい、お前らのせいだぞ!
この空気何とかしろ!
周りの奴らも、そんな生暖かい目で見てんじゃねぇ!」
「「「素直じゃない」」」
いろんな事が一気に起こった日。
教室の中はいつもの風景。
騒がしくも楽しい場所。
今日も一日平和だ。
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