近くて遠い
文化祭の話を聞いてからひと月以上が経ち、本番まで残り三日という日。
私達は配役を決めてからというもの、慌ただしく、でも楽しく劇の準備をしていた。
手分けして買い出しをしたり、各家庭からいらない布を集めたり、葵ちゃんの知識と経験をふんだんに使って、限られた予算で衣装も作り、着々と準備をしていった。
準備中、意外な一面だったのは、緋月の手先が器用だと言う事だった。
仕上がりよくて、葵ちゃんにすっごく褒められていたっけ。
変わらない日常の風景……その中で変わった事が一つだけある。
このひと月以上の中で、私と緋月の会話が明らかに減った。
無視されたり、避けられている訳でもないんだけど……。
前みたいに話したり、笑ってくれることが減っている。
他のオサナ組とはいつも通りなのに……。
なんで私だけ……。
しかも……相変わらず画面の向こうの私には優しい笑顔を向けている……。
本人……目の前なのにな……。
「うちのクラス早めに準備終わってよかったね~」
「雨宮君の手先が器用なのは驚いたよ。
それが一番貢献してるんじゃない?」
たしかに、裁縫に関しては私よりも器用だった。
私は……人並みには出来るけど、あまり裁縫は得意ではないから……出来上がりが遅かった。
それに比べたら、緋月の功績は大きいと思う。
あ……緋月……相変わらず女子には無関心な表情だな。
「理央ちゃ~ん、そっちの衣装の手直し終わった?」
あ、いけない。
自分の担当の衣装の手直しの途中だった。
今、私達は準備が早く終わったとはいえ、本番に向けての最終チェックに入っている。
衣装とか、セリフ合わせとか、小道具とか劇に使うもの全部だ。
最初は気乗りしていなかった悠でさえも今は気持ちが入り、いいものにしようと協力的だ。
「なんだ、理央、まだ終わってなかったのか?
……って俺の服だし」
「あ、ごめん、陸……もうちょっと……」
私が今手にしているのは陸の上着なんだけど……。
細かい細工とか構造が難しくてなかなかうまく進まない……。
「……はぁ……。
私ってこんなに裁縫苦手だったかな……」
「あー……まぁ、服関係は全部葵がしてたからな……。
お前が裁縫したのは最初の頃で、それ以来いっさいしてこなかっただろ。
いきなり上達とか無理があんだろ」
「……でも、緋月は出来てる……」
「あいつのは才能だ。
気にすんな……」
「でも……」
「だ~もう、でももクソもねぇ!!
ウジウジすんな!
らしくねぇ!
さっさと終わらせろ!
じゃないと、いつまでたっても俺の服が仕上がらねぇ!」
「そんなに大声で怒る事ないじゃん!
しかも教室の中で!」
陸が立ち上がり、私もついつい立ち上がって反論してしまう。
陸との口論は時々ある。
だけど、今回はなぜか口が止まらない。
「お前が俺の服持ったまま、仕上がらないからだろ?!
ウジウジ悩みやがって!
泣き虫理央!」
「だから!
そんなに怒んないでよ!
しかも泣いてないし!
陸の方が涙もろいじゃん!」
「はぁ?!
涙もろくなんてねぇよ!
いつの話してんだ!
お前だって小さい頃よく泣いてただろうが!」
「それこそ、いつの話してんのよ!」
「男になりたくてびーびー泣いてたのはお前だろ!
……ってヤバ」
「好きで……こんな格好してない!!
それをっ」
「理央、そこまでです。
陸も……言い過ぎですよ」
「準人……」
あ、ここ……教室だった……。
売り言葉に買い言葉で、つい熱くなってしまった……。
あれ……でも、皆……なんかすごい驚いてる……。
陸とのケンカに?
「理央……声……」
緋月も驚いた表情……。
あれ……声?
あ……。
「準人……私……」
「……」
無言でうなずいた。
てことは……女子の時の声……出てしまったんだ。
ヒートアップして、無意識のうちに……。
隠してたのに……。
知られたいような、知られたくないような……。
そんな思いをずっと持ってて。
でも、今……知られてしまったんだ……
「皆、陸、ごめん」
私は自分のしでかしとその場の空気に耐え切れずに、その言葉だけを言い残して教室を出てしまった。
教室を出る際、誰かの呼ぶ声が聞こえたけど、今は構っていられるほどの余裕は持っていなかった。
ただただ、教室にいたくなくて、緋月に見られたくなくて……。
私は廊下にいる人を縫うように走った。
ほんとはいけない事だってのはわかる。
けど、なりふり構っていられなくて、誰もいないであろう屋上を目指して走った。
教室から屋上まではそれなりに距離がある。
ひどく上がった息を整えながら、屋上のドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けた。
屋上に出て一応周りを見渡す。
そこには誰もいなくて、私はその事に安堵した。
昼下がりだと言うのに、日差しはそこまで強くなく、秋間近の心地い風に身を包まれ、何から来るものなのかわからないけど、私は自然と涙がこぼれた。
涙だけではおさまりきらず、一人という安心から歌がこぼれた。
この間作ったばかりの新曲……。
緋月を思って、叶わない恋だと思って書いた歌詞。
私の中では立派な失恋ソングだけど、オサナ組には応援ソングにしか聞こえないと言われた。
『anytime 貴方を応援するよ
叶わなくても前だけを見て
ちゃんと歩いて進んでいく
一歩一歩未来に向かって
どこかであなたに逢えた時
楽しい人生だよって笑えるように
見返りなんていらないよ
ただそばにいてくれた
それだけで十分幸せだった
だから今度は私があなたの力になりたい
ちっぽけな事しか出来なくても
私は私に出来る事を全力でするからね
今は苦しくても
いつかきっと未来照らされる日が来るよ
あなたの未来が光り輝いていますように』
ふぅ……。
歌い終わったらスッキリしたな……。
教室に戻ろう。
陸や皆にちゃんと謝らなきゃ。
私が歌い終わって振り返ろうしたら、拍手が聞こえた。
一人分の拍手。
私は一人だと思っていた屋上に、もう一人いる事に驚いて勢いよく振り返った。
そこにいた人物にさらに驚いた。
「……緋月……。」
「いい歌だった……キレイな歌声……。
まるで……RIONNみたいだ」
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