無理しないで
緋月の風邪が完全に治り、学校に登校してきた日の放課後。
この日の朝、私は緋月に呼び出されていた。
緋月は休んでいた間の軽い補習を翔にぃと受けているため、私のもとへ来るのはもう少しかかるだろう。
今、私が緋月を待つ場所は屋上。
放課後の屋上は誰もいなくて、部活動や帰宅する生徒達の、言葉に聞こえない声が遠くに聞こえて不思議な感じだ。
あれから私は風邪をひく事もなく、平穏無事に学校生活を送っていた。
ただ、葵ちゃんや準人しか知らなかったはずの私の気持ちが、なぜか陸や悠にまでバレていた。
私……そんなに顔に出ていたかな?
態度……とか?
自分では出してるつもりなかったのに……。
でも……からかう事もなく、何も言わなかったな……。
私が思ってるほど……か。
前に準人が言ってたっけ。
緋月……まだかな……。
私が放課後の空をぼんやり眺めながら最近の出来事を考えていると、屋上のドアが開く音がした。
「理央、お待たせ。
ごめん……思ったより時間かかった……」
「ううん……大丈夫。
補習お疲れ様」
緋月が私の隣に腰を下ろして、二人してぼんやり空を眺めていた。
しばらくの沈黙の後、緋月が静かな声で話し始めた。
「……前に……女子とは付き合えない……って言ったの……覚えているか?」
「うん……」
「理由が……あって……」
緋月……声を絞り出してる……。
話したい事……伝えようと、すごく勇気を出しているんだな……。
でも……無理しているなら……今じゃなくてもいい……。
「緋月……無理しなくて……いいよ……。
話したくなった時で……」
「……理央になら……聞いて欲しいと思ったんだけど……ごめん……。
うまく言葉が出ない……」
「うん……いいよ」
「でも……理央は、俺の知っている女子のイメージとかけ離れていて……すごく、安心する。」
「……それは……私が男装しているから?」
その言葉は……男装している私だから……と言う風にとらえてしまう……。
心……曲がっているかな……。
こんな事聞くのは……意地悪かな……。
困らせて……嫌われてしまうかも……。
でも……この間からの緋月の行動……時々、男友達のままだと、正直辛いものがある。
だって……緋月が好きで、ほんとは女子として見られたいのに……。
普通のカップルみたいに付き合ったりしたいのに……。
そういうの……私だって憧れるのに……。
それが出来ないから……。
自分で期待してしまわないように……こんな質問するしか今は出来ない……。
「……わからない……。
そうかもしれないし……違うと、断言も……出来ない……」
そっか……そうだよね。
急にこんな質問……。
私、ズルいな……。
「ごめん……困らせた……」
「いや……俺の方こそ……ごめん……。
結局……話せなくて……」
「いつか……でいいよ……。
緋月が……本当に伝えたくなったら……。
その時、また教えてね」
今の私は……笑えているだろうか……。
不覚にも……寂しいと感じてしまった……。
話したい事を話してくれなかったからじゃない……。
たぶん……安心するのは男装しているから……を否定して欲しかった自分がいるんだ。
笑顔になっているかわからない笑顔を緋月に向けていると、緋月の手がそっと私の頬に添えられた。
「……いつか……理央の女子の時の姿……見せてくれないか?」
見せたら……緋月の事……もっと教えてくれるのかな……。
もっと近づける?
それとも……離れてしまう?
「気が向いたらね……」
どっちだろう……見せたいような……怖いような……。
あ……緋月もこういう気持ちなのかな。
話したら……今の関係が崩れてしまうんじゃないか……とか……。
話したいと言う気持ちと、話したら…と言う気持ちが交差して、まだ前に進むのは出来そうにないな。
「そろそろ帰ろ」
「あぁ……そうだな……送ってく」
緋月は私の頬を一撫でして離れていった。
私も立ち上がって、帰る準備をして二人して屋上を後にした。
**
私の家に行く帰り道、小さい商店街を通るんだけど、私達は商店街沿いに並ぶお店をウロウロしていた。
「あ!ここのケーキ屋さんすっごく美味しんだよね!
それに、ケーキ屋さんなのにクレープもあるし!
ちょっと寄ってもいい?」
「ふっ……いいぞ」
あ……はしゃぎすぎたかも……。
緋月に笑われちゃった。
まぁ、でも、美味しいものを見るとテンションが上がるから、しょうがないよね。
相変わらず店内はいい匂いに包まれているなぁ……。
「何にするんだ?」
「んー……いろんなケーキがあって悩むけど…やっぱりクレープにする」
「じゃぁ、俺のおごりな」
「えっ、自分で出すよ?」
「この間の見舞いのお礼。
俺に出させてくれないとこのまま帰る」
え……何その脅迫……。
「……可愛い……」
「……可愛いのは理央だろ」
「えー……。
男装姿に可愛いと言われてもなぁ」
「たしかに……違うか……。
なら……女子姿見た時も言う」
「……何で言う前提?」
「だって……きっと可愛いと思うから。
その根拠は秘密な」
あ、いたずらっ子みたいな笑顔だ。
ズルい。
もう……どんどん好きになってく。
話し逸らそう……心臓が持たない……。
「なら……お願いします……」
「うん。
で、何にするんだ?
言っとくけど、一つまでだからな?」
「もう、緋月まで!
オカンなの?!
わかってるよ!」
まったく皆して……どんだけ私が食い意地張ってると思ってるんだろう。
失礼しちゃうな。
「え~とじゃぁ……この紫芋のクレープを……あ~でも、このピスタチオチョコも捨てがたい……。
う~ん……悩む……。」
「なら……二人分買おう。
そしたらどっちも食べられるだろう?」
「緋月優しい……ありがとう!」
「ふはっ……満面の笑顔……どんだけ悩んでたんだよ……」
「そんなに笑わなくても……」
「悪い……。
じゃ、これと……これでいいんだな」
「うん」
「すみません―――」
緋月が注文している間、私はケーキのショーケースを眺めていた。
うーん……美味しそう……。
あ、緋月はお会計してる……。
「あの……―――」
よし、買い物も出来たし、緋月もクレープ受け取り終わったみたい。
「店を出よう……って結局ケーキ買ったのか。」
「うん!」
「まったく……どんだけだよ。
ふっ……っ……」
また笑われた…。
でも…この時間…嫌いじゃない。
むしろ…ずっと続いて欲しい。
でも…私はまた…日本を離れる事になったんだ。
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