視線の先

 私が転校してきて一週間が経ち、いよいよ明日は球技大会がある。


 この一週間、学校生活はとくに何事もなく、平穏無事……と言いたい所だけど、変わった事と言えば授業以外での事。


 休み時間や昼休みの事だ。

 転校生が珍しいのか、廊下には珍しいもの見たさに人が集まる。

 学年や男女問わずに。


 動物園の動物になった気分だよ。

 すっごく見られるし、ひそひそ言われるし。


 皆小声で話しているから内容までは聞こえないけど、ちょこっとだけ聞こえた時があって、その時の会話は、「お前、いけよ」とか、「聞いてみようよ」と言った内容だった。


 聞きたい事があれば、直接来てもいいのに。

 取って食べようとしてるわけじゃないんだし。

 皆シャイだな。


 それで今はお昼の休憩で、この日は教室じゃなくて、屋上で食べてるんだ。

 もちろんいつものメンバーで、地べたに円形に座りながらなんだけど……。


 うーん……葵ちゃんが私のお弁当を物欲しそうに見てる。


「理央ちゃんのおかず美味しそう~」


「何か交換する?」


「するーー!! 唐揚げ食べたい!」


「じゃ、俺はミートボール!」


「あ、俺玉子焼きもーらい!!」


 私の隣にいる葵ちゃんはまだしも……。

 斜め前にいる二人まで、わざわざ身を乗り出して私のおかずをかっさらうんだけど。


 ……ねぇ……なんなの……自分のがあるじゃん。

 私のおかず……朝早くに作って楽しみにしていたのに。


「……葵ちゃんはともかく……ミートボール食べた悠に、玉子焼き食べた陸……誰のおかずを許可なく取ったと思ってんのかな?」


「「………」」


 とりあえず、場の空気が悪くならないように優しく笑顔で問いかけよう。

 本当はものすごく込み上げるものがあるけど……ガマンだ、ガマン。


 おぉ……二人の顔が真っ青で引きつっている。

 優しく問いかけただけなのに、失礼しちゃうな。

 でもこれだけは覚えておいて欲しい……食べ物の恨みは怖いんだよ。


「もう~仕方ないなぁ……。

明日の帰りに何かご馳走してくれたら許す」


「おう! いいぜ! 何がいいんだ?」


「駅前のファミレス。

そこの『スペシャル超特大級宇宙の果てまでドーン!!なチョコレートパフェ』がいい」


「はぁー?! おま……それ、三千円もするデカ盛りメニューじゃねぇか!」


「そうだぞ、理央! いくらお前の頼みでも、小遣いがなくなるだろ!」


「私がご飯を楽しみにしてる事……知ってるよね?」


 もう一回笑顔を作っとこう。

 おそらく、今の私は目が笑えていないと思う。


 それくらいお昼を楽しみにしていたんだ。

 それなのに、この二人ときたら。


「割に合わなさすぎるってのに……。

ダメだ……陸……敵に回す相手を間違えた」


「そうだな、悠。

こいつは腹の中ブラックホール並みだからな。

きっとパフェ以外にも注文するぜ。

食べ物の事になるとガチになるの忘れてた」


「理央ちゃんがガチになるのはご飯の事だけじゃないよ」


「あー……うん……そうだったな……」


「ったく、わかったよ。

俺と陸で割り勘な」


「やった!交渉成立!!」


 ヤバい、嬉しい。

 思わずガッツポーズしてしまった。


 日本に帰ってきた時にネットを漁っていたら、そのファミレスのデカ盛りメニューの記事を見つけたんだよね。


 美味しそうだなって気になってたから、こんなに早く食べられるなんてラッキー。


「ふっ……一条って……大食いか?」


 目の前に座っている雨宮くんにまた笑われた……。


「大食いかどうかはわかんないけど、食べるのは大好きだよ」


「理央ちゃんはよく食べるってのもあるし、料理も上手だよね」


「たしかに。

この間も食べさせてもらいましたが、相変わらず美味しかったです」


「ふーん……」


 あ……またそっぽを向いた。

 なんなんだろう。

 会話には入ってくるけど、そっぽを向くんだよね……。


 出会ったあの日からこの一週間、ずっとこんな感じ……。


「あのー……一条……さん……ちょっと……時間、いいですか?」


 わ、びっくりした。

 考え事してたから、人が近づいてくるの気が付かなかった……。


 クラスの子じゃないし……誰だろう。

 初めて見る女の子だな。

 背が低くて可愛い系の女子だな。


 あ、返事しなきゃ。


「いいですよ」


「ありがとうございます……えっと……場所……移動してもいいですか……」


 ここじゃダメなのかな……。

 あ、でも、言いにくそうにしているし、この子の希望だから仕方ないか。

 ご飯の途中だけど行ってみよう。


「ごめん、ちょっと行ってくる」


「おー行ってら」


「いつものあれだなー」


 陸や悠たちに見送られて私はさっきの女の子について行った。

 移動した場所は屋上の入り口。


 あ、ここでいいんだ。


「あの……えっと……。

一条さんて……女の子……ですよね……」


「はい……まぁ……」


「あの……それを承知で伝えます……。


その……好きです!

付き合うとかは……いいので……気持ちを……知って欲しくて……

影ながら……応援させてください……」


 何度目だろう……。

 この一週間……男女問わずにこういう風に呼び出されては告白をされる事が増えたなぁ。


 中身が女子と知っていてもなんだよね。

 男装してる意味はないんじゃないかと最近思う。


 けど、まぁ……兄の頼みだから続けると言う妥協かな。


 あの頃よりも増えた気がするけど、こういう事は中学の時からあったから、慣れていると言えば慣れている。


 だからいつも……。


「気持ちだけ……受け取ります。

好きって伝えてくれて、ありがとうございます」


 無難な返しかもしれない。

 でも、気持ちには答えられないから、これが精一杯の私なりの返事だ。


 私はまだ、恋とかした事ないから想像でしか言えないけれど。

 好きを伝えるのには、すごく勇気がいる事だと思う。


 現に目の前の彼女は小刻みに震えていて、目も涙目だ。

 緊張しているのが伝わってくる。


 思いを伝えるのは……想像するよりも簡単な事ではないと言うのは私にもわかる。


 ……ってあれ……なんで今、ふと雨宮君の事が頭をよぎったんだろう。

 変なの……。


「ごめんなさい……貴重なお昼時間に……。

想い……聞いてくれてありがとうございます。

えっと……失礼します!」


 彼女はそう言って足早に行ってしまった。


 私も戻ろう。

 お昼途中だし。


「お待たせー」


「おかえりなさい」


「理央ちゃん、また告白?」


「うん……まぁ……」


「一条は相変わらずモテるな。

今日で何人目だよ」


「うーん……じゅぅ……いや、二十?」


「一週間で二十はすごいな……」


「理央は昔からですよね」


 そう……昔から……。

 バレンタインとかもすごい事になる。

 全部食べられるからいいけど。


 そう言えば雨宮君……また何か聞いている……。

 胡蝶の曲……聞いているのかな……。


 って……ここ最近の私、気づいたら雨宮君を目で追っている気がする。

 こんなのバレたら変人かなんかだと思われるじゃん!

 見ないように……見ないように……。

 って、思えば思うほど視線が行くのは何で?!


 あ~もう、最近の私どうしちゃったの~。

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