きっかけ

「あ、そういや、お知らせあるの忘れてた!」


 おい、翔にぃ……さっきお知らせないとか言って、ホームルームの時間を全部私への質問攻めにしようとしていたじゃないか。

 結局あったんかい、お知らせ。


「せんせーい、お知らせってなーに?」


「おー……それはな……来週、球技大会があるぞ!

んで、ホームルームで出場メンバーを決めないといけないわけだ!」


 え……ホームルーム中に決めないといけない事あったのに私の事に時間取ったの?

 あれ……翔にぃってこんな感じだったっけ。

 たしかに型にはまらないと言った印象はあったけど、学校でもこんな感じなの?


「ねぇ……葵ちゃん……翔先生っていつもあんな感じなの?

このクラスになってもう、それなりに経つよね?

あんなんで大丈夫なの?」


「いつも通りだよ。

正直……この先不安しかない」


「だよね。

この数分でなんとなくわかった」


「おい、そこ……本人に聞こえているんだが。

特に理央、失礼だぞ」


「え、うん、聞こえるように言ってるんだよ」


「なぁんだ、わざとかー……ってわざとかよ!


そういや、お前は昔から裏表なかったな。

ま、いっか、んじゃ、球技大会の話進めるぞー」


 いいのか…。

 切り替え早いな。

 それにしても、やっと話が進みそう。

 まったく、あんなんで本当にこの先担任として大丈夫なんだろうか。


 まぁ、でも、翔にぃはなんだかんだ面倒見がよかったり、話をまとめるのがうまい人だからな。

 きっと大丈夫だろう。


「――で、日付とか服装は今言った通りだが、種目は、女子がバレーで、男子はサッカーな。


そこで……だ。

理央、お前はどっちで出るんだ?」


 どっち……って男装しているから……という事だよね。

 女子としても出れるし……うーん……正直悩む。

 どのスポーツも好きだしなぁ……。


 うわー……どうしよう……。

 でも……悩んでいる理由は他にもあるんだよね……。


「わぁ……悩んでる理央ちゃん絵になるなぁ……カッコよ……」


「ん?」


「ううん、なんでもない。


ねぇ、翔ちゃん、理央ちゃんが今の恰好でバレーしても大丈夫?」


「どの格好で出ても問題ないぞー。

ただ、理央的にはどっちも権限があるだろ。


だから男子で出るか、女子で出るか聞きたかったんだが……。

悪い、愚問だった」


「うん……でも……悩んでいるのはその事じゃなくて……」


「なんだよ、理央ー、お前が悩みなんて雪が降るんじゃねぇ?」


 おい、後ろの男子……ちょっと失礼じゃないか。


「失礼ですよ、陸。

理央だって人間です。

悩みくらいありますよ。

それで、何に悩んでいるのですか?


もしかして……スポーツ自体嫌いに?」


 そうそう、準人の言う通り失礼だよ。

 あ、スポーツは嫌いじゃないよ。

 むしろ大好き。


「えっ……あの理央がスポーツ嫌いとかマジで雪降るんじゃね?」


 おい、葵ちゃんの後ろのちっこい男子。


「もー!

さっきからなんなの、あんたらは?!

陸も悠も失礼過ぎんだけど?!

私にだって悩みくらいあるよ!!


スポーツしたらウィッグがズレんじゃん!!」


「ふはっ……ふっ……そっちかよ……くっ……」


 今度は右の男子……雨宮くんか……。


「……ねぇ……雨宮くん……笑い……抑えきれてないよ?」


「だって……一条が……ふっ……」


 ………というより何?

 この教室の空気。

 呆気に取られている人もいれば、めちゃくちゃ笑っている人もいるんだけど。


「お前……ウィッグを気にする余裕があるならどっちも出ろ」


 わー……翔にぃが無茶を言った。


「え、でも、二つも出ていいの?」


「クラスのみんながいいなら構わんぞ」


「一条が出るなら百人力だな!」


「あのオサナ組の運動神経ヤバいからな!」


「しかも体力お化け!とくに一条な!」


「ちょっと、誰?!

体力お化けとか言ったやつ!

挙手!!」


「俺。


だって実際そうだろ。

負けず嫌いの一条理央は中学で有名だったじゃねぇか」


 負けず嫌いだけど、体力はさすがに限界があるよ!

 まぁ、でも二つ出れるならよしとしよう。

 ウィッグはいつも以上に固定しなきゃ。


「そろそろホームルーム終わる時間だなー。


このまま一時限目は俺だから、残りのメンバーを決めて授業入るぞー」


 一時限目……数学だ。

 翔にぃは数学担当なんだ。

 昔から数学好きだったっけ。


 授業……授業か……海外と違う風景……。

 当たり前だけど、今のこの空間が落ち着くな……。

 慣れた日本語に日本の空気の匂い。

 いや、匂いはおかしいか……。


 でも……またここにいられる……またみんなといられる……うん悪くない。


 こうして私が物思いにふけっていても、授業は着々と進んでいくわけで、内容はあらかじめ予習していたからどの科目も余裕だ。

 問題を解くのはパズルみたいで楽しい。

 いくらでも出来る。

 そう思えるのに、あっという間に授業は終わってしまった。


 しかも、午前中の授業全部。

 気付けばお昼だ。

 チャイムが鳴り、静かだった教室が一気に騒がしくなったな。


「ねぇ、理央ちゃん、お昼一緒に食べよう!」


「うん、いいよ」


「それじゃ、いつものように……」


 あ、葵ちゃん……机を後ろの皆とくっつけるんだ。

 私のもくっつけよう。


「男子同士で食べたりとかしないの?」


「時々あるけど、基本はこのメンバーで食ってるぞ」


「ふーん……。

って……あれ、雨宮君も一緒なの?」


「あぁ……まぁな……」


「緋月は去年、俺と一緒のクラスになって、気が合ったんでこのメンバーに加わるようになったんです」


「そうなんだ……えーっと……いつも準人達がお世話になってます。

今後もお世話になります」


「ふっ……こちらこそ……」


「……雨宮君って……こんなに笑うんだ……。

最初はもっとクールな人だと思った」


「あぁ、緋月は男子の前ではこんなですよ」


 男子の前では?


「そうなんだ」


 ん?

 何か取り出した。

 あ、スマホか。


「……曲聞きながらご飯食べるの?」


「緋月のルーティーンだよ。

胡蝶こちょうってバンドあるだろ?

その曲を聞いて午前中の授業の疲れを飛ばすんだって」


「あー……胡蝶こちょうか……」


 悠が珍しく顔を赤くしてる。

 なんかソワソワしてるし。

 うん、わからんでもない。


「俺、このバンドの歌声好きなんだ。

すっごい、いい声してるよな」


 え……その笑顔はズルい。

 そんな風に笑ったりするんだ。

 なんだろう……なんか……目が離せないし……鼓動が早く感じる。


 素っ気ない人だと思ったのに、案外そうでもなくて…かと思ったら笑顔が多くて…でも男子の前だけで……。


 それなのに、そんな風に優しく笑うのを見たら……気になるじゃん……。

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