第9話 二人目の女教師

「ね、薫、法子のことどう思う」

「法子って、原田だっけ?」

「別に、あんまり興味ないなあ」

「嫌いなの? 立たない?」

「そりゃあ立つよ、やらしてくれるなら。ちょっと待って獲物って原田なの」


 薫は複雑そうな顔をした。

「なに、どうしたの? 不服?」

「いや、でもほら、あいつ真面目だから、そんなことしたら」

「自殺でもしちゃうって」

「いいじゃない、それならそれで」


「お前よくそんなこと言えるな」

「なにいってるの、川村と秋田をあんな目にあわしたくせに」

「あいつらと原田は違うだろう、大体、玲の友達だろう」


「ふうん、薫がそんなこと言うなんて、もしかして、本当は孝子のこと好きなんじゃ」

「ちがう、そんなことはない」

 意外なことに薫が真っ赤になった。そうなのか、玲はびっくりした。


「それなら、ちゃんと処女を奪ってあげようよ、私と直樹みたいに付き合えばいいんでしょ」

「そんなの無理だろ、原田には好きな男がいるんじゃないのか」

「いるよ」

「ほら見ろ、じゃあ、やめだ」

 玲は爆笑した。こいつ何にもわかっていない。


「なにがおかしいんだよ、いくらお前でも許さないぞ」

「こわ、あんたがあんまり鈍いからよ。ほんとに気付いてないの?」

「なにを」

 ここまで言えばふつうわかるだろうと思ったけれど、こいつ本当に鈍い。そこが薫の唯一の欠点だと玲は思う。


「孝子が好きなのはあんた、だからちょっと面白くなくてさ」

 薫の顔は見ものだったと、後になっても玲は思い出しておかしかった。

「じゃあ、すぐにやれるのか?」

「それはわかんない、簡単じゃないかもね」

「お前俺をからかってる?」

「そうじゃないけどさ、その前に、やっちゃいたい奴がいるんだ」

「んー、じゃあやっぱりそっちからけりつける」



「戸村先生、校長先生のことでお話が」

 薫は、廊下の真ん中で戸田を呼び止めた。

 今回は正攻法にした、おそらくそれが一番簡単だ。何しろ相手は体面を重んじる校長だ。


「あなたは、えーっと、私、君を教えてる?」

「いいえ、一年四組の倉橋薫です」

「倉橋、あ、あの双子の優等生」

 なんていう分類だ、その通りだけれど、ありがたくもなんともない。


「校長先生のことって何」

「ここでいいですか? 先週の夜、東山の」

 戸田の顔がはっきりとわかるほど青ざめた。何をいまさらと思う、玲にすらばれているのだ、同僚でも知っているものが、きっといるに違いなかった。

 能天気な女だなと薫はおかしくなった。


「今夜、保健室なんてどうですか」

「無理よ、当直の先生がいるもの」

「それは、生徒の相談に乗るとでもいえば何とかなるんじゃないですか。まあ僕としてはここで大声で話してもいいんですけど」

「おーい、玲、戸村先生が」

「まって、分かったわよ。六時に保健室、それでどう」


「なに薫、何の、いや勘違いみたい」

「そうなの、心配しちゃった先生に呼ばれるようなことしたかなって」

 しらじらしい奴だと、薫は思う。

 それよりも横にいる原田が、気になった。薫を見てはにかんだように笑う。そうか惚れられてるのか、玲が言うのも嘘じゃないような気がしていた。


 今夜の当直は直樹だ、だからこその、今日なのだ。玲は弁当を作って当直室に泊るつもりだ。


「で、君はどうしたいの」

 戸村は保健室に入るなり、椅子に腰かけると脚を組んだ。朝見かけたときは普通の丈のスカートだったのが、今はミニスカートになっている。

 戸村は確か二十六歳、旦那はどこかの高校の教師のはずだ。


「じゃ単刀直入に言います、やらしてください」

 戸村はさすがにぎょっとした表情を浮かべた、そこまでダイレクトに言われるとは思わなかったらしい。


「ねえ、どうして私が君にやらせなきゃなんないの? 君と寝て私に何か得がある?」

 戸村は脚をゆっくりと組み替えた、なかが覗ける。黒い、違う、履いてないんだ。

「見えた、私に何か得があるなら、もっと見せてあげるし、やらせてあげる。言っとくけど校長のことなんてみんな知ってるし、旦那もあっちはあっちでやってるから。ばれてもなんてことないのよ」


 なるほど、そう開き直ることにしたのか、どうりで強気なはずだ。

「僕の父親、新聞記者なんですよね。母親はテレビ局の人間。二人とも、こういう話に飛びつくんですよ、はっきり言って屑だから」


 世間ではそれなりの評価のある仕事だが、玲と薫は親を嫌っている。人の不幸で食う、人間の屑とまで想っている。裏表がひどすぎるし、はっきり言って俗物だ。その稼ぎで食っているから、自分たちも偉そうなことが言えないことはわかっている。


 どうします、この前、殺人事件があったところですよね。今度は校長と教師が。世間に発表したら、楽しいことが起こりそうですね。


 戸村は椅子から立ち上がると、黙ってブラウスのボタンを外した。

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