第3話


 次の日、学園に着くとメイリーンは多くの視線にさらされた。リアムスの作戦は見事に成功し、自身とメイリーンの仲を見せつけたのである。


「メイリーン、おはよう」

「あ、リアムス様。おはようございます」


 朝から爽やかな笑みを浮かべながら接近するリアムスにメイリーンは警戒した。


(昨日、温室での記憶が途中からないわ。私が妙に注目されている理由をリアムスなら知っている? そもそも、記憶がなくなったのだってリアムスのせいで──)


 昨日の口づけを思いだし、メイリーンは自身の右手の爪を見た。


(他のご令嬢たちみたいにマニキュアを塗ったりして綺麗にしておくんだった……)


 そう思ってしまった自分に驚き、メイリーンは恥ずかしくなった。攻略しないと決めたのに、少しでも良く見せようとする自分に嫌気がした。

 芽生え始めた気持ちを隠すように、口付けられた右手を握りしめ、見えないようにする。


「昼にでも、昨日話していた騎士仲間を紹介してもいいか?」

「ありがとうございます。お願いします」


 有り難いと思う反面、リアムスと仲の良い女性騎士を羨ましいと思う気持ちに気が付かないふりをして、メイリーンは頭を下げた。


(紹介してくれたら、リアムスもきっと私と関わることもなくなるはず。昨日は仲良くなりたいと言ってくれたけど、今まで攻略していこなかったもの。私といるメリットなんかないわ)


 授業が始まるまでリアムスは色々と話しかけたが、メイリーンはどこか上の空だった。

 そんな様子をローズリンゼットはおかめの面の下から静かに見つめていた。



 昼休み、メイリーンは学園内にあるカフェでクラスメイトのとてもかっこいい騎士を紹介してもらった。


「私はビアンカ。ビアって呼んでね。可愛らしいお嬢さん」


 パチリとウィンクする姿はとても様になっていて、メイリーンは頬を染めた。


「ビア……」


(お姉さまとお呼びしたい)


 メイリーンが呟けば、リアムスは少し眉を寄せた。そんな様子をビアンカは楽しげに眺め、口の端を上げた。


「ビアンカ。メイリーンを誘惑するのは止めてくれないか」

「心が狭いよ、リアムス。そんなんじゃ、振り向いてもらえないと思うけど」

「余計なお世話だ」


 気軽なやりとりに、メイリーンの胸はちくりと痛んだが、それも一瞬のこと。


「メイリーンの傍にいるのは基本的に俺だ。どうしても一緒にいられない令嬢のみの授業の時は頼む」

「……普段から私が傍にいるんでもいいんじゃない? リアムスはそれがいいだろうけど、メイリーンの気持ちもあるでしょう?」


 リアムスとビアンカの視線がメイリーンへと注がれた。だが、メイリーンはもっと強い視線を感じた。


(まさか──)


 そのまさかだった。ローズリンゼットがじっとこちらを見ているのだ。そんなローズリンゼットの隣にはレイモンドが当然のようにいる。


 メイリーンは二人の問いかけに答えることなく、急いでまだお皿に残っていた昼食を口に詰め込むと立ち上がった。


「申し訳ありませんが、急用を思い出したので、お先に失礼してもよろしいでしょうか」

「俺も食べ終わってる。一緒に行こう」


 リアムスは席を立ち、ビアンカは小さく手を振った。


「私はもう少しゆっくりしていくよ。あまり一緒にいるとリアムスに嫌がられそうだからね」


 からかったことで困ったような顔をするメイリーンと、全く動じないリアムスをビアンカは見送った。


(さて。私の方はローズリンゼット様に話でも聞いてみようかな。どうしてあんなに熱烈な視線をメイリーンに向けるんだか。悪意はないようだけど、身分の高い相手からあんなに見られたら、か弱い令嬢には怖いだろう。ましてや、あのお面じゃねぇ……)


 怖いもの知らずのビアンカは、ローズリンゼットの方へと足を踏み出した。彼女もまたおかめに対して嫌悪感はない。だが、関心もなかった。


 学生をしながら騎士団に所属するのは、学業以外の時間をほぼ訓練にあてることになる。生半可な気持ちでできるものではないのだ。しかも、女性であるビアンカは、周りからの偏見もついてくる。

 そんな彼女にとって、おかめなど些細なもの。


(か弱い令嬢を守るのも、高貴な令嬢のお気持ちを聞いて願いを叶えるのも騎士の務めだよね。折角なら、ローズリンゼット様の美しいといわれるお顔も拝見したいものだなぁ)


 四人の脳筋な兄を持ち、いかに一般的な女性はか弱いかを幼い頃から教え込まれたビアンカにとっての騎士道は少しずれている。

 彼女にとっての騎士とは、か弱い者……女性や子どもを守ることなのだ。


 ビアンカは鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌にローズリンゼットへと微笑みかける。


「私もご一緒してよろしいですか?」

「もちろんですわ。ビアンカさん」


 食事時のため、額から鼻までが隠れた半仮面のおかめをつけているローズリンゼットの口元は弧を描いた。

 声も妖艶であるが、見えている口元もまた色気がある。だが、そのすべてを半仮面のおかめが台無しにしていた。



 その日の放課後、騎士団の訓練に向かう前にビアンカはメイリーンへと声をかけた。


「これ、ローズリンゼット様から」


 そう言って渡されたものは、おかめ。


「えっと……」


(何でビアがローズリンゼットからおかめを預かってるの? ……ものすごくいらないんだけど)


「ローズリンゼット様に、メイリーンに何の用事があるのか聞いてきた」

「えっ!?」

「そうしたら、このおかめっていうお面を贈りたかったみたい。受け取ってくれたら、用事もなく話しかけないって言ってくれたよ」


 ビアンカの言葉にメイリーンはごくりと唾を飲み込んだ。


(これを受け取れば、ローズリンゼットと関わることなく無事に卒業ができる?)


 半信半疑ながらも、震える手でメイリーンは受け取った。


「ビアもおかめをもらったの?」

「ううん。私はまったく関心ないから、もらうことはないと思う」

「私も関心があるわけじゃ──」


 最後まで言い切る前にメイリーンは、後ろを振り向いた。やはり、そこにはおかめ。ローズリンゼットが今度は柱の影から見ていた。

 ローズリンゼットとしては隠れたつもりでも、レイモンドは堂々と隣に立っている。何よりおかめが半分しか隠れていない。


「ローズリンゼット様か。悪意も殺気もないのに、よく気が付くね」


(悪意や殺気よりも分かりやすいと思うんだけど……)


 つっこんで良いのか分からず、メイリーンは曖昧な笑みを浮かべた。



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