第2話

 リアムスの優しい声色と手に、メイリーンはすがりたい気持ちが芽生えた。

 けれど、攻略対象に近付けば近づくほど悪役への道が開かれる気がして、メイリーンは小さく頭を振る。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です」

「……これは、俺からの命令だ。何に困っているのか言うように」

「えっ?」


(命令? 何で? そんなこと聞いてもリアムスの得になることなんて何もないのに)


「ここだとゆっくり話もできないな。場所を変えよう」


 そう言って、少し強引にリアムスはメイリーンの腕をとった。


 連れて行かれたのは、こじんまりとした小さな温室だった。手入れは行き届いているものの、校舎の近くにもっと豪華な温室があるためか、先客はいない。


(ここって、リアムスルートでヒロインと密会する場所だわ。何でここなのよ……)


「ここなら誰にも会わずに話ができる。変な噂が立つのは嫌だろ?」


(し、親切心だった! リアムス、ごめんね。あなたはそういう人よね。頼れるお兄ちゃん的な雰囲気のポジションだもんね。人気はそこまでじゃなかったけど、私は好きだったよ!! 三番目に!!)


 などとメイリーンが失礼なことを考えている間に、リアムスはメイリーンのためにベンチにハンカチを敷いて座るように促した。

 その紳士な行動にメイリーンのなかでリアムスの好感度は急上昇。彼女の中の推しランキングが一つ上がった。


「何でローズリンゼット嬢に追われてたんだ?」

「それが、分からないんです」

「話したことは?」

「一度もありません」


 メイリーン自身、ローズリンゼットと接触しないように細心の注意を払ってきたので、本当に理由が分からなかった。


「……ローズリンゼット嬢の面をどう思う?」

「個性的だな……と思います」

「それじゃないか?」

「それ、ですか?」


 メイリーンには、リアムスはのそれが何を指しているのか全く分からなかった。


「他の者は皆、眉をひそめたり、馬鹿にしたりしている。良くて無関心というところだ。そんな友好的とは言えない反応ばかりのなかに、一人だけ嫌悪もなく見てくる視線があったら、どう思う?」

「……仲良くなれるかも」

「そうだ。ローズリンゼット嬢にとって、フィラフ嬢は唯一仲良くなれそうな相手というわけだ」


(えっ? じゃあ、ローズリンゼットは私と友達になろうとしていたの?)


「これから一体どうしたら……」

「仲良くすればいいんじゃないか? 変な面は着けているが、相手は公爵家の令嬢で王子の婚約者だ。損をすることはない」

「それが嫌だから、困って──」


 しまった、とメイリーンは慌てて口を押さえたが、時既に遅し。口から出た言葉はリアムスの耳にしっかりと届いている。


「えっと……、そのぉ…………」


 言い訳をしようとしても、頭が真っ白で何も思い浮かばず、メイリーンは自身の靴の爪先とにらめっこをした。

 その間にも、リアムスからの質問が飛ぶ。


「ローズリンゼット嬢が嫌いか?」

「いえ」


「じゃあ、怖いか?」

「そう……ですね」


「側にいれば、王妃付きになれるかもしれないぞ」

「そういうのに興味はありませんので」


「将来有望な相手に出会いやすくなる」

「身の丈にあった方と結婚します」


「卒業後の伝はあった方がいいんじゃないか?」

「田舎の領地に帰るので必要ないですね」


(そもそも、無事に卒業できるかも分からないもの)


 リアムスの質問が途切れたので、メイリーンは顔を上げると、真剣な瞳にぶつかった。


「フィラフ嬢には、欲はないのか?」

「ありますよ。美味しいごはんを食べたいなぁとか、頭が良くなりたいなぁとか」


(無事にゲームの期間三年間が終わりますようにとか)


「それは、随分と──」


(──可愛らしいことを言う)


 声を押し殺して笑うリアムスに一瞬だけ視線を奪われたメイリーンは慌てて視線を外した。


「フィラフ嬢……、俺があなたの盾になると言ったら迷惑か?」

「えっ?」

「俺だけでは守りきれないから、騎士仲間も紹介しよう。女性同士でペアを組む時は彼女と組むといい」

「どうして……」


(そんなに良くしてくれるの? 私はあなたを……ゲーム内でのリアムスを知っているけど、あなたにとってはクラスメイトでしかないのに)


「下心かな」

「はい!?」

「フィラフ嬢と仲良くなりたいんだ。だから親切にする。誰にでもするわけじゃない」


 あまりにもさらっと言われてしまい、メイリーンは困惑と恥ずかしさで視線が再び足下へと舞い戻っていく。

 それなのに、リアムスはメイリーンの視線の先へとしゃがみ込んでしまった。


「これから仲良くしよーな、メイリーン。俺のことは気軽にリアムスって呼んでくれ」

「そんな、恐れ多い……」


(攻略するつもりはないから、困る。それなのに、なんでドキドキするのよ……)


「試しに呼んでみな? それとも意識しちゃって呼べないか?」


(えっ!? これじゃあ、呼ばなかったら私がリアムスを好きみたいじゃない。うぅぅ、嵌められた……)


「リアムス……様」

「様もいらない」

「これ以上は無理です。ご容赦ください」


 耳まで真っ赤に染めたメイリーンの反応にリアムスは口の端を上げた。


「メイリーンの希望は俺が叶える。だから、他の男にその可愛い姿を見せないでくれよ」


 そっと手をとると、綺麗に切り揃えられた爪の先にリアムスは唇を落とす。


(ちょっと面白そうだからと声をかけたつもりだったが、こんなにも心を動かされるとは……。俺は貴族のご令嬢たちの貪欲さに飽き飽きしてたんだなぁ。これではレイモンドのことを言えないな)


 指先を見詰めたまま動かなくなってしまったメイリーンにリアムスは笑みを溢すと、メイリーンをエスコートしながら温室を後にした。


(噂にならないように温室に連れてきたが、噂になりたくて目立つようにエスコートするだなんて我ながらどうかしてる……)


 そう思いながらもリアムスはわざと人の多い道を選んでメイリーンを馬車まで送ったのであった。



 

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