7
「……懐かしい」
「そうだな。昔、こうして二人で海に来たことあったよな」
「ある。何回も来たよ。おんなじような時間帯に」
「確かに。あの時からお前、変わってないよな」
変わってない、と言われわたしは嬉しかった。奏真へのわたしの気持ちはあの日から色褪せることなく続いている。いや、日に日に濃くなってもう行き場がなくなっているんだよ。
わたしも奏真には変わったほしくなかった。わたしが好きだった頃のまま、5年分の歳を重ねているだけの彼。ふふ、昔の関係が急に自分たちに差し迫っているように感じるな。やっぱり場所のせいかな。潮風で少しベタつく髪の毛も、砂だらけになる掌も、それをあとで洗い落とすときの心地よさも、ぜんぶ覚えているの。
「……奏真はさ、将来のこととか考えて不安に思うことってある?」
わたしは昔、奏真に自分の不安や悩みをなんでも相談していた。奏真はうんうんと頷きながら真剣に聞いて、最後にはわたしの頭を撫でて「大丈夫だよ」って言ってくれる。だから、悩んでいて辛いはずなのに、悩み相談をする時間がとても好きだった。
「将来? ああ、まあそれなりに。でもそんなに深刻って感じでもないかな。周りの奴らはまだ遊んでるし」
「そっか。わたしは深刻に悩んでるかも」
「……どんな?」
その言葉を待っていた。わたしは就職してから今まで日々考えていたことを訥々と話し出す。
「奏真は男だからまだあんまり考えないと思うけど、そりゃ結婚とかその先のこととか……。先月同期が結婚した。他の子もおめでとうって言いながら自分たちは彼氏と幸せそうで。まだ焦る年齢でもないのかもしれないけど、わたしだって子供はほしい。30までには結婚したいし。でも相手もいなくて。見つからなくて。ていうか、好きってならないんだよね。どういう感情だったか、思い出せないくらい」
奏真の目が、砂浜に落ちるわたしの指先をじっと見つめていた。
好きの感情は、もちろん今も胸の中で疼いている。でもそれは、奏真に対してだけ。他の人にはもう抱けない。わたしの好きの矛先はいつから奏真だけに特化してしまったんだろう。
わたしはきっと、この海の向こうの岸からでも、この星の向こうのまだ見ぬ惑星からでも、奏真の姿を探してしまう。幸せのかたちをした奏真の全身をゆっくりと抱きしめて、抱きしめ返されるまで心は満たされない。
三角座りをした奏真の肩が少しだけわたしに触れて、わたしは反射的に身体を離してしまう。本当はくっつきたいのに、それをするのが怖かった。
奏真はずっと、押し黙ったままだ。遠くに座っていたカップルたちが立ち上がってそろそろと砂浜を歩いていく。だんだんと満ち潮になって、足先まで海水がやってくる。サンダルが海水に浸る。それでも奏真は立ち上がらない。わたしは息を押し殺して寄せては引く波の音を静かに聞いていた。不規則に流れるざぶんという波の音が耳に心地よい。できるならこうして奏真と二人きりで、ずっとこの音に身も心も委ねてしまいたかった。
「……うそ、ついた」
「え?」
隣で奏真の息遣いが聞こえる。ずっとずっと探し求めていた人の生きている証。もしまた見つけたら、泡のように消えてしまうんじゃないかって心配するほどに恋焦がれていた。
別れてから、奏真はもうわたしとは違う世界線に行ってしまったんだと思っていた。でも、同じ空の下でこうして息をしていたんだ。
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