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奏真に連絡先を教えた日の夜、わたしは自宅でスープカレーを作って食べていた。一年前に学生時代の友達と一緒に北海道に行ったときにはまったのだ。スパイシーな香りがどんどん食欲をそそってものの10分で食べ終わる。手慰みにスマホをみると、なんと奏真から連絡が来ていた。心臓が跳ねる。確かに連絡先を教えたものの、まさか本当に連絡してくるなんて思ってもみなかった。わたしは逸る気持ちを抑えながら奏真のメッセージを開いた。


『今日はありがとう。俺も突然だったからちょっと面食らっちまった。でも、久しぶりに話せてさ、なんか懐かしかったんだ。今週末、良かったら一緒に飯でもいかない? ショッピングでも、散歩でも、なんでもいいけど』


こ、これは。

もしかして、デートの誘い……!?

心臓は跳ねるどころでは済まなかった。暴れるようにバクバクと鳴り、わたしはなにも考えがまとまらないまま、とにかく早く返事がしたくてたった一言、

「うん」

と送った。



「びっくりしたよ。海に行きたいなんて言い出すから」


「びっくりしたのはわたしのほう。突然誘ってくるなんて」


鼻腔をくすぐる潮の香りが、風が吹くのに合わせ強まったり弱まったり、まるで駆け引きをしているかのようだ。わたしは風になびくミントグリーンのワンピースの裾がまくしあげられないように必死で手で押さえる。


「どうした? 大丈夫か」


「う、うん、大丈夫……」


こんなに風強いならパンツスタイルにすればよかったかなあ。でも、奏真の前では可能な限り“可愛い女の子”でいたかった。

わたしたちは間に30センチほどの距離を保ったまま夕暮れ時の海辺を歩いていた。手を繋ごうと思えば繋げる距離。だけど、絶対に奏真はわたしの手を握らない。分かってる。だからわたしのほうが、いつ彼の手を取ろうかとずっと迷って、心臓の動きが不自然なほど速くて気持ちが悪い。

せっかく奏真が誘ってくれたんだ。しかも、東京を抜け出して湘南まで来た。言わずと知れたデートスポットで最高の時間帯で、天気だって味方をしてくれている。今日この日をものにしなければ、わたしはいったいいつ本気になるの?


「ちょっとあの辺に座らね?」


緊張で胸が押しつぶされそうになっていたところで、奏真が砂浜の方を指差した。夕方のこの時間帯、砂浜に座り込んで語るカップルたちがちらほらと見受けられる中で、わたしも同じように奏真と並んで座る。

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