3


「連絡先、今は持ってないよ」


「それなら一応教えて」


「うん」


かなりあっさりとしたやりとりに、わたしは拍子抜けしていた。


この5年間、何度奏真に連絡をとりたいと思っても、連絡手段がなくて諦めて

きた。もし連絡先をずっと持っていたら、わたしはしつこいくらい彼に連絡をしていただろうから、それぐらいがちょうど良かったのかもしれないけれど。あの悔しい日々を思い出すと、ようやく冷めてきたコーヒーがいつになく苦く感じる。


わたしは奏真に自分のスマホを差し出して、彼の画面に表示されたQRコードをかざす。ピロリン、という軽快な音と共に奏真の連絡用アカウントが表示される。表示名はそのまま坂瀬奏真、アイコンは最近流行のバンドのボーカルだった。


「このバンド、好きなの?」


「ああ。前にちょっと付き合いがあったやつが好きで、そいつの影響でハマったんだよ」


「ふーん。それってもしかして彼女?」


「そうかもな」


奏真は動揺することもなく、さらりと言ってのけた。

彼女。わたしと別れたあとに付き合ったんだろう。わたしの止まっていた時間に、奏真は人並みに歩いていた。そんなの当たり前じゃん。普通の人間は、1日24時間の中でいろんな人に出会い、影響し影響を与えている。彼女ができていたっておかしくない。わたしの時計の針が、止まっていた5年間。


奏真の口ぶりでは、その彼女とはすでに別れているのだろう。それにもかかわらず、アイコンのボーカリストは前の彼女の好きだった人。それが何を意味しているのか、わたしに分からないはずがない


「その元カノさんのこと、まだ好きなんだ」


さっきのお返しと言わんばかりに、わたしはわざわざ口の端を上げておまけに目を細めたりなんかして尋ねた。苦いコーヒーに、砂糖をひとさじ入れるとちょうど良い甘さになった。


「さあな」


気持ちをごまかして逃げる奏真は、わたしの知っている昔の奏真と何一つ変わっていなくて、わたしは恐ろしいほどの懐かしさを覚えた。


「まだ好きっていう感情ってさ、一方的で誰も報われないよね。……て、さっ

き見た映画のセリフ、思い出した」


「彼氏が死んじゃう青春映画のセリフ?」


「そう」


わたしはカタン、とコーヒーカップをテーブルに置く。甘くしたら、すぐに飲み終えてしまった。空になったコーヒーカーップの縁の部分に、茶色い染みが歪に広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る