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「置いておいて、じゃないよ。わたし、奏真のことまだ好きなんて言ってない。あ、ちなみに今日は今映画を見てきたところ」
奏真とたくさん会話をしたい。
そんな気持ちが先行し、支離滅裂に会話を進めてしまう。
5年間離れ離れだった時間を埋めるのにはどれだけの時間が必要なのか。少なくとも会話をしなければ隙間なんて埋まらない。それだけは分かっていた。奏真がわたしとの距離を縮める意思がないのは分かっている。だって偶然再会しただけなんだもん。映画を見て、一息ついてから本屋をぷらぷらし、さあSNSで映画の感想でも呟こうかと道端でスマホを開いたとたん、視界の端に見知った顔が現れたのだ。わたしはとっさに声をかけ、近くの喫茶店に転がり込んだ。そこが、ここ。このインフレーション・ケーキセットが売っているチェーン店。奏真はほとんど強引に、自分の意思とは裏腹に喫茶店に連れ込まれた。だから、奏真がわたしと話したいと思っているはずがないのだ。
「映画って、何の?」
まだ好きなんて言ってない、というところにはまったく反応を示さずに、奏真は映画のことを尋ねてきた。運ばれてきた熱々のコーヒーカップに口をつけると、ごくごくと喉を鳴らす。わたしはまだ、モウモウと湯気を立てるコーヒーを啜る気になれない。奏真は火傷をしない体質だった。そうだ、思い出した。わたしはいつも、猫舌で火傷をするから、その度に奏真に笑われていたっけ。
「『きみに告げるさよなら』っていう映画。タイトルの通り、青春映画ね。ええ、一人で見ましたよ。いいでしょ、べつに」
「誰もダメだなんて言ってねーだろ。菜乃花ってそういう青春映画、昔から好きだったよな」
「そう、かも」
奏真がわたしの好きな映画のジャンルを覚えていてくれたことに、不覚にも胸がきゅっと鳴った。わたしは単純だ。たとえ社交辞令でも、奏真が少しでもわたしに興味を持ってくれていると思うだけで、昔彼に抱いた甘酸っぱい気持ちが蘇ってくる。
「面白かった?」
「うん。でも、最後に主人公の彼氏が死んじゃって。青春映画って、どうして主人公かヒロインが死んじゃうのかな。死ななくても感動する話ぐらいつくれると思うの」
「それでも何回も見てるんだろ。そういう話、好きなくせに」
「好きなのかな。うん、好きなのかも」
好き、という言葉を口にする度に奏真の反応が気になってしまう。ちがうちがう。これは単に「青春映画が好き」と言っているだけ。彼に対して発した言葉じゃない。
わたしが内心慌てているのを見越しているのかいないのか、奏真はインフレーション・レアチーズケーキを食べながら、自分のスマホを取り出した。それにしてもここのケーキ、値段の割りに小ぶりなんだよなぁ。男の人なら三口で食べ終わりそう。文句を思い浮かべつつ、わたしは自分の頼んだモンブランにフォークを当てた。
「そういえば連絡先って、持ってたっけ?」
わたしはモンブランに突き刺すはずだったフォークをぴたりと止める。
連絡先。奏真の連絡先?
なぜ彼がいまそんなことを言ってくるのだろう。わたしはこの男の言動が不可解でならない。だって、連絡先は別れたあと、奏真の方から削除してきたのではないか。
濁りのない瞳でわたしを見つめる彼を見ると、ああ、忘れているんだな、と分かった。
別れを切り出した方は、昔の彼女との別れ際のいざこざなんて、綺麗さっぱり忘れてしまうものなのかな。
ちくしょー。こっちがどれだけ今までもどかしい思いをしてきたか、教えてあげようか? あ、でも今彼の気に障るようなことを言うのはよくないな。せっかく自ら連絡先を教えようとしてくれているみたいだし。
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