第 捌 話
「──ゴフッ!?」
打ち上げる様に振るったオレの拳が、桃次郎の腹に炸裂して体を浮かせる。
あまりの衝撃に桃次郎の口から黒い桃の種が吐き出された。
「ゴホッ! ゴホッ!」
「ふぅ、よーしよしよし良く吐いた。偉いぞー」
オレは桃次郎の背中をさすってやりながら、その場に座らせてやる。
桃次郎の体から、妖気が薄れていく。
「ふぃー、なんとか間に合ったな。……っと、コイツが辻斬事件の黒幕……真の『辻斬童子』だったってわけか」
オレは足元に転がっている種を見て一人呟いた。
黒い桃の種は、それ単体で妖気を放っている。
オレは立ち上がって種を拾い上げると、力の限り握り潰した。
「円さん、……僕は一体?」
「あぁ? 記憶に無いのか? ……なら、そのまま忘れて──」
オレは複数方向から殺気を感じ、桃次郎を掴んで、その場から飛び退いた。
桃次郎を慎重に地面に置いてやってから、さっきまで自分がいた場所を見ると、黒い木の根っこが何本も突き刺さっている。
「おいおい……、随分とヤル気じゃねぇか」
少し先の場所で、黒い桃の木が蠢いていた。
そういえば、あの木の事をすっかり忘れていたな。
「円さん。……どう、するんですか?」
「心配すんな、桃次郎。そこで少し休んでろ」
心配そうにこちらを見上げる桃次郎に声を掛けてから、オレは黒い木に向かって走り出した。
一瞬で距離を詰めて、拳で打ち抜いてやろうかと思ったが、黒い木の前に意外な奴らが立ち塞がってくる。
「……どいつもこいつもヒデェ面しやがって。養分にでもされてたか?」
件の『辻斬事件』の被害者達がそこに立っていた。
数は三体。どいつもこいつも干上がった魚みたいに瘦せ細っている。
(細長い妖気が全身に張り巡らされている。……もう皮しか残ってない状態の体に根を張って操っているのか)
桃次郎と同じ妖気が、それぞれの死体から感じ取れた。
やはり、全員黒い桃を喰っていたんだな。
桃次郎も放っておいたら、同じ末路を辿っていた事だろう。
操り人形と化した死体共は、かつての相棒を手に取り、力なく構える。
オレは一度深呼吸をして集中力を高めた後、上体を低く構えて一番手前にいた武士の死体に肉迫した。
近付く過程で構えた拳を武士の痩せこけた顔面に叩き込む。
「……やっぱ殴るだけじゃ駄目か」
手応え自体はある。
だが、木偶人形をいくら痛めつけても意味はない。
完全に破壊するには、素手では相性が悪かった。
──元を断たねぇと意味がねぇか……。
残りの死体共が左右からオレに斬撃を加えようと刀を振るう。
無軌道で流派も何もあった物ではない斬撃は、対人間であれば、良い感じに混乱させていただろうが、生憎とオレには意味を成さない。
向かって左側の死体に中段の突きを入れて、直ぐに反対側の死体の腹に肘鉄をねじ込む。
がら空きとなった黒い桃の木に素早く肉迫し、ご立派な幹に正拳突きを叩き込んだ。
低く重い音と共に、黒い桃の木が大きく揺れる。
「……チッ! 無駄に
だが、幹の外皮を少し抉る程度で終わってしまった。
とことん、コイツとオレの相性は悪いらしい。
なら、砕けるまで拳を打ち込むだけだ。
「──っと、その前にまたお前らか」
死体共が、主君を守るために再びオレに迫って来た。
何度来ても軽くあしらえる。
オレは迎撃する為に踏み込もうとして、それが叶わない事に気付いた。
「数が合わねぇと思ったら……。こんなとこに隠れてやがったか!」
視線を下に移すと、何者かの手が地面から這い出て来て、オレの両足を掴んでいる。
件の辻斬事件で死亡した人間は四人。
オレの足元にいるコイツで、丁度四人目だ。
オレの体が一瞬硬直した機を逃さずに、黒い木の根が死体の腕諸共、オレの脚を更に拘束していく。
身動きが取れなくなったオレに追い打ちをかけるように、残りの死体共が刀を振るう。
的確に急所を狙う様な斬撃ではないものの、上体を動かすだけでは捌ききれない。
確実にオレの体力を削り取っていく。
隙を付いて反撃するも、踏み込めない事で力は入らず、決定打にはならない。
状況の悪さに、少し焦りが見え始めた頃、遂に両腕も黒い木の根っこに拘束されてしまった。
「──っ⁉ くそっ‼」
執拗に巻き付く根っこを振り払う事は叶わず、身動き一つ取れなくなる。
裁く側のオレがお縄に付いてしまったか。
「はぁ……、しょうがねぇな」
オレは深く溜め息を吐いて抵抗する事を止めた。
オレを蹂躙しようと黒い木と死体共が迫る。
出来れば、格好良く締めたかったが仕方がない。
「……桃次郎、任せた」
「お任せ下さい」
返事と共にオレを拘束していた黒い木の根っこと死体共が全て細切れになって吹き飛んだ。
正しく神速の剣だった。
死体共に関しては、的確に『種』を切っていて、急速に妖気が霧散していく気配が感じ取れる。
急に拘束が緩んでフラつくオレの肩を抱いて、桃次郎が支えてくれた。
横目で桃次郎の顔を見ると、褐色の肌はまだ戻っていないものの、瞳の色は戻り、自信に満ち溢れた表情をしている。
桃次郎は真っ直ぐ黒い木を見据えて斬るべき場所を探っている様子だった。
「……いけるか?」
「はい、大丈夫です。斬ります」
桃次郎はオレから静かに離れると、手にしている刀を下段に構える。
根っこを斬られて怯んでいた黒い木が、再び根っこを伸ばして、桃次郎に襲い掛かった。
「はっ、流石だな。やっぱお前は強い奴だよ」
思わず素直に賞賛してしまう程、鮮やかに決着はつく。
次の瞬間には、根っこは粉々に斬られて、黒い木の幹は十字に切断されていた。
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