第21話 闇の中へ

ラーテから飛び出した紗夜とルナリア。その先に見据える龍は恐ろしい眼光で二人を見つめる。


「こうして二人で肩を並べるのはいつぶりでしょうか」


「あなたとはお兄様に関することで馬が合いませんでしたからね」


ジンも相対したあの渦巻が二人を襲うが、紗夜は次元を移動し、ルナリアは風の力で押し返す。


脚部に不意打ちを仕掛け、堅牢な鱗ごと切り刻むが再生が速い。ジリ貧だと悟った。


「…あれから何か新しい技は手に入りましたか?」


「ええ、ですがこの化け物相手には通用しないでしょうね。そういう貴方は?」


「私は一つの技を極めるのみです」


「貴方らしい」


回避の隙に与える攻撃はどれも手応えがなく、渦も速度を増している。


「……お兄様がどのようにして勝利したか、貴方は知っていますか」


「命を天秤にかけた一撃…。…!あなたまさか!」


紗夜が微笑んだ。ルナリアはその顔で全てを悟ってしまう。


「死ぬつもりは毛頭もありません。…タイミング、逃さないでくださいね」


紗夜が刀を鞘に納め、龍の顔の正面に現れた。そして力を集約させ、長く伸びた口に刀を突き刺す。


「っ……!まだですよ!」


のたうち回る龍は口を半開きにし、紗夜はその僅かに空いた口に足を突っ込んだ。


「機動力を削いでください!」


「無茶なことを!」


ルナリアの杖先が光る。地面から鎖が飛び出し、龍の脚にまとわりついた。だがこの巨体相手だ。抑えるのは相当苦しい。


「マーガレット!合図したら口の中に集中砲火してください!」


『お、オッケー…!』


砲身が僅かに動き、その火砲を龍に向ける。


「3…2…1…今!」


紗夜の合図と共に、ラーテの二門の砲身が火を吹いた。そしてタイミングよく紗夜が姿を消し、砲弾は龍の口へ…


爆煙が立ち上がり、周囲を硝煙の匂いで包んだ。


「ゲホゲホッ…!中々悪くなかったですね」


『まだだよルナリア!』


「ッ…!?」


煙の中から龍の渦が飛んでくる。ルナリアの全身に鋭い刃物で切り付けられたような傷ができた。血が流れ、鋭い痛みが襲う。


「まだ…生きて…」


「マーガレット…もう一踏ん張りできますか?」


『ちょ、ちょっとヤバいかも…鼻血も出てるし目もなんか変…』


マーガレットの声はいつものような余裕は無く、かなりの重症だと分かる。紗夜は覚悟を決めた。


「さっきの一撃でもう瀕死のはず。今一番動けるのは私。…やれる、だって私は…あの人の妹なんだから!」


踏み込み、煙の中に突撃した。視界は最悪、だが気配は感じ取れる。放たれた銃弾のように身を回転させ、直感を信じて刀を抜いた。


何かを切った。何を切ったのかを確認することはできなかったが、その感触で分かる…急所を外してしまったと。


「ッ…!」


捨て身の攻撃は失敗した。そして、煙の中から龍が見えた。長く伸びていた口は半分が抉れ、見るも無惨な醜い顔となっていた。


だが、その喉に確かにあの渦巻きが見えた。


「…なるほど、そうやって生み出していたのですね…」


これが最後のチャンスだ。全神経を集中させる。降り続ける弱い雨すら止まったような気がした。


「さようなら、強き獣よ」


紗夜が一瞬姿を消す。また現れた時、龍の頭は既に堕ちていた。


龍の肉体がゆっくりと海に倒れ、大きな波を立てる。


「終わりましたよ、みなさん」


「…貴方も大概ですね」


「そんなことより、マーガレットは…」


『あー疲れた、ちょっと寝ていい?本当に疲れたからさ…』


「ゆっくり寝てください」


……………………………………………………


思えば、こうなるのは必然だったような気がしてならない。俺はあの事件が起きてから、オルヘイトから逃げられたと思っていた。だが違った。過去の亡霊は形を変えて俺について回ることに気がつかされた。


あの事件のことは今でも完全には覚えていない。その時はまだ10歳だった。それからの9年間はなるべく忘れるように努めた。だから思い出そうにも思い出せない。忘れた部分に関しては、フェリシーに聞いても答えてはくれないだろう。


…なら直接聞けばいい。目の前のクソッタレに。


「よぉ、一週間ぶりだな。いや、それとも9年ぶりか?」


「どちらでもあり、どちらでもない。まぁ、私にとっては一週間でも久しぶりと言いたいがね」


雰囲気も、見た目も、話し方も。何もかもがこの前のオルヘイトそのままであり、9年前のオルヘイトのままだ。


「参考までに…何で生きてやがる?」


「君も不老不死が気になるか?答えてやってもいいが…その必要は無いと思うね」


「死なない人間なんて、燃えないゴミみたいなもんだ」


「それ、フェリシー君が聞いたらどう思うかな」


研究室は404のアジトと全く同じだ。ここは彼女が作ったダンジョンだと確信した。


「フェリシーが言ってた言葉だ」


「あの臆病な老ぼれがねぇ…まぁいいさ。君は別世界の存在を信じるか?」


「信じるも何も、フェリシーやお前の存在が証明してるだろ」


時間稼ぎか…?だが何を待つというのだ。時間がかかれば有利になるのはこっちの方だと言うのに…


「左様、結果から言えば別世界は実在する。全てのダンジョンはその断片だ。ここもね。大抵の場合、そう言った断片が元の世界から切り離される時には既に人は退避しているし、興味本位で留まってもどこに行き着くかは分からない。無限大にある世界のどこか、あるいはそれですらない場所かもしれない。だから彼女や私のように、世界を渡る人間がいるのは稀だろう」


「何が言いたい」


銃を構えて彼女に向けるが、いざとなれば能力を全解放するつもりだ。


「君は別世界の自分が今どこで何をしているか分からないだろう?だが私は分かる。これがヒント、いや答えかな」


「お前だけどお前じゃない。そんなとこか?全くもってつまらんな」


「フェリシー君は呪いによって不死となる。だが私は無限大の命と魂のストックを共有することで不死となる。似て非なる存在だ」


「だから俺がお前に勝てないって?」


「この期に及んで勝敗を気にするかね?私が君に勝ったら何だと言うんだ?その逆は?何が変わる?」


「少なくとも、お前の顔を見ずに済む。ああ、そこの二人も返してもらわないとな」


「それは困る。自然発生の能力者のサンプルは貴重なのでね」


「へぇ、まだ物足りないってか!」


俺の放った弾丸が戦闘の開始を宣言した。小手調べに過ぎないが、やはり見えない壁のような物に吸われている。


「君には理解できないさ」


「理解したくもない」


決着は一瞬、能力の解放で終わるはずだった。


「…やっぱり何が残してやがるな」


「何の対策も無しにここに立っているはずがないだろう?まぁ、君は違うみたいだが」


鎖、またあの能力だ。


「それはもう見切ってる」


「剣か。まぁいいさ、なんでもアリな君のために、私もなんでもアリな能力を持ってきたのでね」


この能力について分かっていることは一つ。視界内であれば俺の想像通りになるということ。剣を作るくらい容易い。剣の扱いは慣れないが、ナイフなら自信がある。


「さて…ここからは瞬きをした方の負けだよ」


なんだ…?空気が変わった。何か不穏な波のような、冷たくて重い空気だ。俺は必死に対抗してその妙な気を押し返した。


さながら気と気のぶつかり合い。周囲の試験管やら資料やらが飛び回り、粉々に砕けていく。


「ヒントをあげよう。君の力と対をなすこの力、誰のものだと思う?」


「お前…!ユイナに何をした!!」


「おっと、怒るなよ、9年前のことだろう?」


俺は無我夢中で、破っても破っても現れる蜘蛛の巣のような魔力の壁を突き進んだ。


「そもそも、君達を作ったのは私なのだから、所有権は私にある。私のものを私がどうしようと勝手だろう?」


「ユイナを返せ!!」


「居るはずがないだろ。ああ、少なくともこの世界には、な」


今の俺は勝手に動く操り人形のように不恰好で滑稽なのだろう。酷く蔑んだ目で、彼女は俺を見つめた。


「…確か、君に執着する理由を問われたこともあったな?ここまで来て教えないのも酷というものか」


「っ…!この…!」


「君はな。本当に私の息子だったんだよ。もちろん、私が元いた世界の話だ。ほら」


一枚の写真を投げて寄越した。それを見ると、今くらいの俺と彼女が微笑んで手を繋いで立っていることが分かってしまった。


「嘘だ…!」


「人は死ねばゴミ同然だ。どんな学者も思考することができず、どんな戦士も戦うことはできない。ただの血肉の塊だ」


写真の中の俺と彼女の笑顔は本物だった。心の底から幸せそうだった。だからこそ、受け入れたくなかった。


…だが、美しいと思ってしまった。きっと何気ない日常の一コマなのだろう。だが…いや、だからこそ綺麗に見えた。何者よりも輝いて見えた。


「私はただあの日々を取り戻したいだけだ」


「そのために…俺を作ったのか?」


「いいや?これはこれ、それはそれ、だ。君を作り出したのには別の理由がある」


俺はこの女を理解しているようで、何も理解していなかったのかもしれない。どんな言葉でも…少なくとも人の言葉では言い表せない何かがコイツにはあるのだ。


「そもそも、君は人間でも機械でもホムンクルスでもない。人造の神だ」
























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