第20話 資格
エレモフィラが完全に消えてなくなった。あれだけ精巧な姿で、記憶もある程度残っているなら、もしかしたら共存の未来もあったかもしれない。だがそれは本当の彼女への冒涜だ。
「終わったよ、ルナリア、トネリコ」
「隊長!」
俺の姿を見るなり抱きつくのも何度目か。言ってもやめないし、別に刺してこないならいいかなと思い始めてきた。
「良かった…」
「俺が負けるわけないだろ?まぁ、ちょっとばかし本当の能力使っちゃったけど」
「隊長、あれ…」
トネリコが指差した方向はさっきの部屋。相変わらず暗くてよく見えないが、何かの画面が光っているのが見えた。ずっと点いていたのか?戦闘に集中していて気がつかなかったが…
「どう見てもパソコンだな。やっぱりこのダンジョン変だぞ…」
大抵は巨大な洞窟や、古代文明の遺跡みたいな構造が多いが、こうも現代に普通にある建造物がダンジョンになったのは初めてだ。
覗き込むと、画面にウィンドウが現れて砂嵐が流れた。何か音が聞こえる…
『クックック…私からのサプライズはどうだったかな?私の我が息子よ」
「っ…お前ッ…!!」
『殺したはず、か?だが現に私はこうやって生きているじゃないか。ああ、映像が欲しいかい?なら…ほら、見えるか?』
砂嵐から、どこか薄暗い部屋の映像に切り替わった。そこに映っていたのは、腹を撃ち抜いたはずのオルヘイト。そして……
「ガーベラ!?」
透明なカプセルの中で眠り、頭にコードが繋がれているのは紛れもなくガーベラだった。
『天然の能力者の被験体はこれで二人目だ。サンプルは少ないが質は悪くない。ああ、安心したまえ。ちゃんと生かしているからな。ほら、そこのもう一人も』
その男に見覚えは無かった。しかし、推察は可能だった。近頃消息を絶った能力者であり、俺にわざわざ見せるということは俺が知っている人物…401の隊長アナガリス。死んだと思っていた彼は、攫われたということか。
「何が目的だ」
『私はただ一つの目標のために研究者になった。満貫成就のためには君の存在が不可欠だ。大人しく一人で来てくれるかな?』
「断る、と言ったら?」
『今度はこの二人を刺客として送り込もう。もちろん、クローンや傀儡などといった甘い真似はしない。自我を保ったまま君に襲いかかるようにしてあげよう』
予想のど真ん中の回答だ。冷徹、薄情と罵られる俺も、家族や親しい人の事となると話は違う。そもそも命をかける仕事柄、そうならざるを得なかったのだから。
「隊長、罠です」
『罠だなんて酷いじゃないか002。交渉に過ぎないだろう?それに、君がどれだけ喚こうが、君の愛しの隊長さんは決心がついていると思うよ』
「おう首洗って待ってろよドブカスクソアマが。テメェの顔面の上でタップダンス踊ってやるからよ」
『ハハッ!そうこなくてはな!チェリーパイを焼いて待っているよ』
ぷつん、と通話は切れた。
「あの…隊長…?」
「ガーベラならそう言ったってだけだ。ちょっと口が悪かったかな」
「……」
トネリコもルナリアも黙り込んでしまった。
「本当に…向かうんですか?」
「ああ。多分このダンジョンの最奥だろう。お前達はマーガレットのラーテと合流して乗せてもらえ。一体ずつ相手するより魔物を建物ごと全部轢き殺して回る方が早いだろうからな」
「でもそれでは…!」
「ルナリア。これは隊長命令だ。地獄への片道切符をお前に持たせるわけにはいかない」
現状ほぼ確定しているオルヘイトの力は二つ。あの研究者の失敗作達の能力を使用すること、何らかの手段で不死身に近い存在であること。そんな場所にルナリアを連れていくわけにはいかない。
「留守番、できるか?」
「…できません。また隊長がどこか遠くに行ってしまうことなんて許しません」
「前回は戻ってきたじゃないか。今回も戻るさ。それに…これは俺の責任だ。あの時、9年前のあの時…俺はいつだって奴を殺せたはずだった。だがしなかった。なぜ?俺が臆病で優柔不断だったからだ。そのせいで何人死んだ?誰が死んだ?もう覚えきれないさ」
あの時だって、約束を破って能力を解放してでも無理やりにユイナを助けてオルヘイトを殺せたはずだつた。俺にはその力があったはずだ。
「ルナリア。これだけは覚えてくれ。人は死んだらただのゴミになるんだ。守ってきたものも、積み上げてきたものも、全部無価値になるんだ。お前達にはそれを味わって欲しくない」
「貴方がそんなことを仰るはずがない!」
ルナリアが大声を出した。廊下に響き渡るくらいだ。
「もし本当にそうだと言うのなら、貴方の…私たちの大切な家族はなんだと言うのですか!もう誤魔化さないでください!いつもそうやって一人で抱え込んで!!解決するだけの力があるからって、私達がどんな思いをしているか知りもしないで!!」
焦って突き放そうとした言葉の裏は見透かされていた。嬉しいような、そうでないような、複雑な感情になった。
「ここは譲れない。トネリコ、ルナリアを連れてマーガレットのところまで行け。その後の策はフェリシーに任せる」
「了解」
「トネリコ!離しなさい!離せ!!待って隊長…!行かないで!!私は足手纏いなんかじゃない!!きっとお力になれますから!!」
トネリコでさえ、不服そうな顔をする。それでも俺の命令なら従ってくれるのだ。本当に、良いやつらだ。
「足手纏いだなんて、一度も思ったことねぇよ。そんな顔するな。死ぬつもりなんて毛頭もないさ。ちょっとばかし、過去を乗り越えるだけだ」
「幸運を、隊長」
「嫌ぁ、行かないで…!死んじゃ嫌ぁ…!!」
「ふっ、信用無いな俺。しばらくフェリシーによろしく頼むぜ」
トネリコの華奢な腕の中でジタバタと暴れるルナリアに背を向け、奥へと歩き出した。
……………………………………………………
「この…!トネリコ、もういいでしょう!?離しなさい!」
「ダメ、まだラーテが見えない…」
作戦開始からの経過時間からして、流石に民間の探索者もラーテから降りて探索を開始しているはずだが、誰一人見かけることはなかった。
「こちら404-α、応答を願う」
『こちら404-β!ちょっと今やばいかも…!悪いけど座標見てどうにかこっちに来てくれるかな!」
「了解。…ルナリア、急ぐからしっかりつかまっててね」
「ちょっと!?そんなこと言うくらいなら降ろしてください!ってちょっと!すごい揺れてますよ!?あ、あのもう少し優しく…!酔ってしまいます!」
トネリコは尚も無視して走り続ける。
「この座標…外?どれだけ広いダンジョンなの…」
扉に手が触れると、液晶にヒビが入るように視界が裂けて、別の空間にいた。
「…なんだろう、この光景…」
「…なんだか私も見覚えがあるように思います…降ろしてもらっていいですか?」
トネリコがようやくルナリアを解放した。出てきたのは雨の降る夕日の海岸だった。不思議なことに、雨がぽつぽつと降っているのに、水平線の向こうが赤く染まっている。
「あ、ラーテ…行かないと」
少し離れた場所に、あの超巨大戦車が鎮座していた。ニワトコが顔を出し、手招きする。二人が乗り込むと、すぐに走り出した。
「状況は?」
「変なドラゴンが海から出てきて…隊長の作戦記録に映ってた奴だと思う。今は隠れてるみたい」
紗夜もいるが、真剣な面持ちで外を見つめて黙っている。普段口数が少ないトネリコが説明を始めた。
「他の人達は?」
ジンとフェリシー以外の404が揃ったわけだが、本来乗り込んでいるはずの探索者はいない。
「…調子に乗って外に出た結果即死だよ。半分くらい持ってかれた。残りは散らばっちゃって…」
「これだから統率の取れない一般人達は…なんて言ってる場合ではありませんね。…マーガレット、無事ですか?」
「う、うん…結構キツイね〜これ…」
汗をかき、息も荒い。隊服は脱ぎ捨て、アンダーウェアだけで倒れ込みながら操っている。やはり負担が大きいか。
「ッ!来た!」
車内が揺れる。組みついてきた龍に容赦の無い弾幕が浴びせられるが、少し怯むだけで大してダメージを受けている様子はない。
「これを一人で倒すとか、隊長って何なの…!」
「アイビー、この空間は一体何なのですか?どこか見覚えがあるような気がするんです」
「やっぱり貴方も…屋内エリアといい、ここは何か、記憶の再現のようなものだと思います。でもどうして…!」
「…先程オルヘイトの存在を確認しました。おそらく彼女が…」
「人間がダンジョンを造るなんて…彼女なら或いは…」
「ちょっとお二方〜?こっちは余裕無いんだけどよろしいー?」
マーガレットは顔をしかめ、肩を震わしている。滴る汗がいくつも集合を作り、飛沫のように床を濡らす。
「…隊長は私達を巻き込まないために一人であの女の元に向かいました」
「またですか。確かに、私達が隣にいたら彼の邪魔になるかもしれない。…なら、私達にもお兄様と肩を並べる資格があると証明してみせましょう」
紗夜が刀を構える。
「隙をつくります!外さないでくださいね!」
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