第18話 進駐
「まさか本当に完成させるとはな…」
「デカすぎんだろ…」
俺とガーベラは口を開けたままぽかんとしていた。目の前には超巨大な戦車が…もはや自分が小さくなったようだ。
「こんだけの資材なんてどこから…」
「経理とか諸々の悲鳴が聞こえてくるな…」
こんなもの、組織の財政が傾かないか心配だ。作るだけでも相当なコストだろう。ダンジョンからの魔物対策はともかく、ダンジョン遠征のための資金は国も出し渋る。協会の懐事情はほとんど遺物頼りなのだが…
「…これ動かせるってマジ?」
「大マジ。俺も正直ビビったよ」
「だろうな。…これ……どうやってダンジョンに持っていくんだ?」
「そのための遺物だ。まぁ、話を聞いた感じだとこの転移装置が手に入ったからこのデカブツを作ることになったらしいが」
こういった風に、ダンジョンの遺物は更なるダンジョン探索に役に立つのだが、いかんせんダンジョン外での使用には制限がかけられている。これも制限されなくて本当によかった。
このクリスタル状の遺物もかなり貴重なもので、ダンジョンの内と外の制限無しに、どこからでも使用者の行きたいダンジョンに行ける。しかも『入口』も広い。本来なら小さな裂け目を通らないといけないが、そんなストレスとは無縁な便利品だ。もっと前から入手できていればどれほど楽だったかとか。
…追い討ちをかけるようだが、ウチの自称妹こと紗夜は自力であらゆる空間を行き来できる。前はダンジョンには入ってこれなかったが今ではできる。ある意味、一番のチートなのかもしれない。
「そろそろ時間か。お前も乗ってみないか?2人くらい増えたって、あのデカさなら問題無いだろ」
「遠慮しとくよ。マーガレットの集中を削いで事故るなんてことが起きるかもだからな」
既に民間の探索者がラーテに乗り込んでいる。改めて、人とのサイズ感に畏怖の念を覚える。
「Ⅷ号戦車に80cm列車砲、挙げ句の果てにランドクルーザーP1000か…揃いも揃って、偉い奴らはロマンに頭がやられたのか?」
どれも試作や構想のみで終わった悲しき怪物達だ。…しかもデカけりゃいいってものでもないだろうに…まぁ、見栄えは確かにいいかもしれない。
……………………………………………………
一方その頃、司令室は閑散としていた。今はこの部屋に辻本会長とフェリシーしかいない。
「さて…この際、隠し事を全てとは言わずとも、相応の話をしてもらおうか」
「配慮に感謝する。だがどこから話すか悩みものなのでな。会長の方から質問してもらおうか」
会長は横目でモニターを流し見しながら、手元のコーヒーが波打つ様子を眺めている。
「そうだな…エンバージュ計画の真相についつは答えられるだろうか?」
「一部を除いてなら。私も知らないこともあるのでな。その計画の表向きの目標は、知っての通りダンジョンへのカウンター装置としての役割だ。成果については言うまでもないだろう」
実際に、ダンジョン攻略と防衛の最前線はあの実験で生み出された『道具』の生き残り達だ。自然発生の能力者が目立った活躍をすることはまだ少なく、いかにガーベラ小隊が優れているかよく分かる。
「表向きは、と言ったな。裏は?」
「ここからは私の憶測だ。的中率は半々だと思ってくれ。して、私が思うに、彼女は魔神を作ろうとしているのでは無いかと」
「魔神だと…?」
「会長が思っているほど邪悪なものではない。一種の階級のようなものだ。これについては後で私が研究所の地下から得た情報をまとめて送ろう」
「あ、ああ…」
会長が明らかに動揺しているのが分かる。それは本来の目的とはあまりにかけ離れ過ぎている。
「一体なぜ…」
「あの者の思考が分かるはずがない。彼女は紛れもない天才であること、彼女の愛は歪んでいるということ。これだけが明らかだ」
「その愛とやらの対象だが…何故彼女はエーデルワイスに執着する?他の皆も、ある意味では子どものようなものではないのか?」
「彼女にとって…ジンは一種の『イデア』なのだと思う。こう…物質的ではない、概念的な…憧れというか、目標が形を成したもので…上手く説明できないな」
無理もない。紗夜が移動する四次元の軸を観測できないように、凡人には天才の思考の一端を垣間見ることはできても、本質を理解することはできない。
「…とは言え、この件に関してはプロジェクトの傘下にあった私が捜査を行う。そちらも引き続き頑張ってくれ」
それだけ言い残し、フェリシーは残りのコーヒーを一気に流し込んだ。辻本は疲労が溜まっているかのようにフラフラとしたフェリシーが廊下に消えていくのを見ることしかできなかった。
「この世界の人間では蚊帳の外、か…」
……………………………………………………
「作戦開始から十五分経過…依然として魔物の出現傾向、状態に異常は見られません」
フェリシーは何やら立て込んでいるらしいので、代わりにルナリアが現状報告をしてくれている。
「あっれー…?偵察に来た時はなんか雰囲気がやばい魔物がうじゃうじゃいたんだがな…」
「それも気になるが一番は…」
「はい、マーガレットと転送位置がかなりズレてしまったことでしょう」
そうなのだ。同じ転送装置を使って、時間をずらして同じ座標に飛んだはずなのに、ラーテの姿は見えない。あの巨体なので、この屋内型のダンジョンなら転送直後に色々と破壊音が聞こえてもおかしくは無いが、それすら聞こえないほど遠くに転送されてしまった。
「嫌な予感がするな…」
「へへ、こういう時って、逆に死亡フラグ建てまくれば生き残れるんだぜ?」
幸い、このお調子者は一緒だった。でなければ、隊員達を俺一人で相手することになっていた。ルナリア以外は大人しくしてくれているが、彼女は最近構ってやれなかったからとずっとべったりだ。
「へぇ、例えば?」
「こうやって…!モンスターを倒した時に…『やったか!?』ってな!」
小柄な狼のような魔物相手に大剣を振り下ろしては、真剣な表情を作ってそう言うのだから笑いが込み上げてくる。
「ふっ…なんだそれ。雑魚相手に使うセリフじゃないぞ。だがまぁ、そういうノリね。嫌いじゃない。じゃあ俺は…『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』…ってな」
「はい???」
右から聞こえる酷くドスの効いた声を、ルナリアのものだと認識するのに数秒を要した。冗談でも言ってはいけない地雷を的確に踏み抜いてしまったらしい。
「あ」
「スゥー……お、俺!奥の方偵察してくるわ!!じゃあなジン!楽しかったぜ!!」
「あっおい逃げんな!」
脱兎の如く逃げ去るガーベラの腕を捕まえようとしたが、先に俺の腕がルナリアに掴まれた。
「先日の件といい、少し私を蔑ろにしているのではありませんか?」
ゴミを見る目を通り越して、もはや一種の失望すら感じる。人はこのような目つきをすることができるのだと、今知った。
「…反省します…」
お手上げだ。これは見えている地雷に気付かなかった俺が悪い。
「…ちなみに結婚願望は?」
「無いです…1ミリも…」
「フンっ!!」
「うげッ…!」
腹パン?まさかの腹パン?こんなに暴力的だったかな…一体どうしちゃったのかしらこの子…
「これだから鈍感天然女誑しは…」
「結構気ぃつけてます…いてて…」
「フンっ!!」
「うッ…!」
また殴られた。本日三度目だ。大丈夫か?この子変な方向に目覚めてない?流石にSMプレイには付き合えないぞ…
「この私を蔑ろにしないでください、ね?」
「はい…」
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