第17話 新たな脅威
結局、俺がその夜どのような選択をしたかについては黙秘する。強いて言うなら、どちらの選択をしても俺は眠れなかった。
…というのはさておき、俺は現在組織の会合に呼ばれている。理由は後ほど分かるだろう。
「久しいな、エーデルワイス君」
顔に傷を負った貫禄のある男。彼こそがこのダンジョン協会の会長だ。
「本当にな、辻本会長」
「座りたまえ」
円卓、というやつか。久しぶりにこの部屋に入るが、少し変わったようだ。円形の大きなテーブルが部屋の中央に置かれ、等間隔に椅子が配置されている。彼と対面する形で座る。
「まずは…任務達成ご苦労様」
「任務なんでね。特に労いは不要だ」
空席が多い。座席は十数個あるのに、この場にいるのは俺と辻本と知らない顔が2人。
「君が戻ってきたのはとても喜ばしいことだ。これでかねてより探索を検討していた特殊なダンジョンの話が進む」
「特殊?」
「ああ。まずはガーベラ小隊が撮影した写真を見てくれ」
机から小型のモニターが出てきた。やけにハイテクだ。
モニターに静止画が映し出される。どこをどう見てもダンジョンには見えない。それはまるで、病院のような、研究所のような…
「これがダンジョン?」
「見たことがないタイプだ。君は…心当たりがあるだろう?」
「404のアジトはダンジョンじゃないぞ。まぁ、地下に色々あったのは認めるが」
「そのことではない。正真正銘、ダンジョンさ。ガーベラ小隊は異様な雰囲気を察知してすぐに撤退した。実際、判断が遅れていたら1人か2人は帰らぬ人となっていただろう」
あのベテラン集団でさえこれか。よほど恐ろしい場所なのだろう。
「次はここを?」
「そうだ。だが今までと異なるのは…スキルチップを使用した民間人との共同探索を行うという点だ」
「アストラの?正気か?」
本来の使い方ではあるが、やはり不安しか無いのだ。いくら一般人が能力に目覚めたところで、自身の能力を熟知しているベテランでさえ命を落とすような死地で生き残れるものか。
「前々からダンジョンの探索を民間にも…という声はあった。アストラのスキルチップ開発で一気に火がついたんだ」
「好奇心は猫を殺すって言葉を知らないのかよ。悪いが一般人のお守りをしてるほど余裕は無いぞ」
キツい言い方だが、実力を弁えない愚者が幾度となく犠牲になってきた。あと一歩のとのろで探索者に認められなかった者がダンジョンに入り、その身を散らしていったという事例は後を絶たない。
「左様、そこで君の部隊のマーガレット君に護衛を依頼したい」
「あいつの兵器に乗せるのか?どれくらい?」
「意思表示をしたのは71名だ」
「おい待て、いくらなんでもそんなに運べないぞ!?」
当然普段の兵器はそんなに乗せれるはずがない。80cm列車砲は崩落に巻き込まれているし、そもそも一個大隊規模の工兵を動員し、分解してから運んで組み立てるのに一ヶ月はかかるロマン兵器以外の何物でもない。
あの時俺が一発撃てたのは、砲弾が装填されたまま放置されていたこと、マーガレットがその能力を用いて操作することを想定していたため、元々複数の機能が簡略化されていたからだ。そこに、後先考えないレベルの神秘を注ぎ込んでようやく一発撃つだけしかできなかった。
「そうだろうな。だが面白い話があるんだ。…とある戦車…いや、陸上戦艦の開発許可が下りた。これがその資料だ」
設計図と思わしきものを渡されるが、俺は兵器には詳しくない。知っているのはせいぜい銃の使い方くらいだが、そんな俺でも分かる…
「その…明らかに実用性というか、現実味が無いぞ」
「許可が下りたということは、可能だということだ」
「全長35m、全幅14m、高さ11m、重量は約1000トン…はっきり言うぞ。狂ってる」
「実際には作られることのなかった幻の陸上の艦…ランドクルーザーP1000『ラーテ』。この資料を作成するのも大変でした」
右に座っていたスーツの男が口を開いた。
「何せ、我々が所持していた最高級の遺物を2つも交換して得た情報ですので、その価値はやはり相当のものです」
ダンジョンからの掘り出し物は能力を有していることがあるが、それは貴重なものだ。協会が所持する最高級の遺物など知りもしないが紗夜が使っている、フェリシーが遺物を改造した刀でさえあのレベルだ。相当の対価だろう。
「作れるのはいいが、どう見ても屋内タイプのダンジョンにこんなデカブツを?」
「当然、破壊しながら進む。いわば攻城兵器だ。ラーテには攻撃と機動防衛の両面において要となってもらう」
「まて、マーガレットはこんなの動かせやしない。マウスでさえ相当負担がかかるんだ」
あんなものを動かそうとしたら脳が壊れてしまう。それに、そんなに大勢が搭乗するにしてもマーガレットは負担に耐えれるような性格でもない。彼女はただ受け流しているだけで、受け止めてはいないのだから。
「ヒントはスキルチップ。いや答えだな」
「断固拒否する。俺の家族にあんな怪しいものは埋め込ませない」
「本人が承認した」
「脅したんだろ?」
「彼女が私ごときの脅しに屈するか?」
「………」
想像はできない。もし彼女を脅そうものなら、無数の武装ドローンが巣を突かれた蜂のように襲いかかってくるし、彼女は自分の立場が弱くなることなど一切気にしないだろう。
「…俺も再手術するという条件を付けろ」
「アストラに伝えておく。用件は以上だ。何か質問は?」
「無い」
「よろしい、では解散」
……………………………………………………
「…ってわけよ」
「つまり私は隊長とお揃いってことね〜嬉しい〜」
手術を前にして、俺はマーガレットと談笑していた。
「…その、不安とかは無いか?」
「なにー?私が怖がりだって言いたいのー?」
まぁ昔の彼女は割と怖がりだった。環境を考えれば当然だ。『母』から贔屓されていた俺と違って、彼女達はボロを出してはいけない。自由な時間では仲は良くとも、実験や訓練となると家族でさえ競争相手だ。誰よりも強く、優秀な道具でなくてはならない。そんな環境だったのだから。
「いや…まだ能力者への適用は俺でしか試してないし、俺自体が結構特殊な体だし…」
「大丈夫だって、隊長はプロトタイプだけど、私たちだって同じ規格で作られたんだから」
俺が心配しすぎなだけか?
「ほら、期待してることのほとんどは実現しないけど、恐れていることもほとんど実際には起こらないって言うじゃん?」
それはフラグだからやめてほしいが、まぁ彼女なら…
「そういえば昨日フェリシーの部屋に行ったきり、朝まで出てこなかったよね?」
「ンッ…!!」
紙コップで飲んでいたコーヒーを吹きかけたが、なんとか留まった。
「あ、やっぱりそういうことなんだ〜?」
「お前の思ってるほど面白いことは無かったぞ。誓って言える」
「でも同じベッドで寝たんだよね?」
「いや…まぁ…」
「昨晩、フェリシーと寝たんだよね?」
「その言い方は誤解が…」
「親しい男女が同じベッドで夜すること、なんだろうね〜?」
「ホントに誤解だ。てかお前監視カメラに目繋いで見ることだってできただろ。なんでそんなに誘導するんだよ」
「いやー?フェリシーが自分の部屋のカメラを私に支配権が行くようにするかな?」
まぁ、できるかできないかで言えば、いくらフェリシーが対策しようとマーガレットなら可能だ。彼女の能力は機械の操作、中でも兵器の操作だが、Aランクにある程度共通した点として、もはや理屈の通用しない『概念』なので、ハッキング対策だとか、そういうのは無駄なのだ。
それを自覚していながらこの態度…なんというか、本当にいい性格してる。
「手術のご褒美、何か欲しいなー?」
「うっ…」
「フェリシーだけはズルくなーい?」
「いやぁ…」
俺は無駄な抵抗を続ける。彼女達の愛情の最も厄介な点、家族への愛と異性としての愛、どちらも兼ね備えているという点だ。
異性としてなら萎えるであろう態度も、家族というフィルターが入ってむしろ母性のようなものをくすぐり、またその逆も然り…という無敵のメンタルをしているのが彼女達だ。
つまり俺がヘタレだろうと、逆にグイグイ行こうと、彼女達は受け入れてしまう。家族としてなら俺も願ったり叶ったりだが、異性としてなら話は別だ。
「作戦前の景気付け、付き合ってよねー?」
「うい……」
もう諦めた方が良さそうだ。俺が女に弱いのは今に始まったことではない。ある種の恐怖心に由来するものではあるが、その恐怖の裏側の好奇心に勝てないのもまた事実。考えるだけ無駄だ。
…そういえば、スキルチップの試験の報酬云々はどうなったのやら。一応、準公的機関であるダンジョン協会公認の探索隊が民間企業から金を受け取っていいのだろうか。というかいくらなんでもアストラに頼りすぎなのでは?いや、他に頼れるような機関が無いのが問題か。もうあの会社と協会を併合した方がいいんじゃないかな……
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